第31話 不器用な二人 ①

 「今日はすごく楽しかった。遊園地に樺月君を誘ったのは正解だったみたい」



 海岸に沿った舗装道路を並んで歩く旭川。


 観覧車を降りてから誰が何を言うでもなく

遊園地を後にした二人は道沿いの街灯達が目を覚ます夜道を歩いていた。


 彼女との一日はとても楽しかったのに、最後の最後に余計な事を聞いたと、

ここにくるまで少し反省し考えていた。


 あれから、会話はほとんどない。

だが、気まずいと思うことは不思議としなかった。



 『何も聞かなければ今日は寝る前まで

ぽかぽかした気持ちでいられたかもしれない』


 反省はしても、

聞いてしまった事を後悔はしていない。


 旭川の見えていない部分に触れさせてもらえて

知らないフリが出来なくなった自分が嬉しかったからだ。


彼女が困っていても

『自分にはよくわからないし』、『首を突っ込める立場じゃないし』

と白を切って避けられなくなった今の自分の在り方が

ちょっとだけ心地よかった。


 とはいえ、遊園地を出た今の今まで何をなんて話をしたらいいのか分からず、

沈黙が続いてしまっていたのだが

 その沈黙を裂いてくれたのは彼女だった。


きっとまた気を使ってくれたのだろう。



 「俺も楽しかった。来てよかったよ」


 「そう」


 ビルの明かりが水面に反射して揺れる水面みなもが光を放つ。



「でも考えちゃうよ色々と。

俺に話してくれたり

誘ってくれたりしてるけど何で俺なんだろ?って・・・」


 「どうしてって、聞いたのは樺月君でしょ?

協力してくれるって言ったのも樺月くん」



 海の光と潮風その黒髪で受けながら

彼女は隣を歩く。


「まぁそうなんだけど・・・」



 ここ最近で彼女との距離が一気に近づいたような気がしていた。


嬉しい気持ちが膨れ上がっていくのを感じながら、同時に違和感も積もらせていた。


飲み会の大事故の一件や

彼女を泊めたこと、失恋話をした間柄というだけでは、

イマイチ腑に落ちないところが心の隅にあったのだ。


 積極的に何処かへ誘ってくれたり、

話を聞くために会いに来てくれてたりしている彼女の行動に、

納得できて隣に居ていい理由が欲しくなっていた。



 「ごめん、今日はここで解散にしない?」



 旭川はそう言って歩みを失速していく。


 隣に並んでいた為、

後ろの方に下がっていった彼女に振り返り、

黒を基調とした全身を視界に収める。



「え?駅まだ先だけど・・・もしかして俺なんかやらかした!?」


 表情を一瞬歪ませる旭川に、

失言してしまったかもと考えを巡らせ、

自問自答を始めてみた。



問い1、遊園地はうまく回れていたか?

A、時間通りに間に合わず大遅刻をしました。

(自分がわるいのでしょうか?)


問い2、ちゃんとエスコート出来ていたか?

A、彼女に連れ回されるだけでした。


問い3、彼女へのフォローは適切でしたか?

A、まったく出来ず、沈黙してしまいました。




 「うわぁっ!

俺やらかし行動しかしてないじゃん!!!」


 「え!?急になに?怖いんだけど・・・」



 両手で頭を抱え、悶絶してしまった自分に、

いつもの冷たい視線を向けられた。



 「不甲斐なさで一杯です・・・」


 「いや何の話?・・・ちょっと歩き疲れてしまっただけよ。

休んでから帰ろうと思って」



 旭川の両足は完全に停止していた。



 「え?そうなの?よかったぁ。

確かに今日はしゃぎ過ぎたもんな。

この先のベンチで少し休憩していくか」


「ここでいい、私、休憩長いし」


「別にいいよ、もう夜だし家帰ってもやるこ―――」



 立ち止まる旭川の横を通る車。


そのライトで彼女の全身が照らされ、

足元に鈍い光が反射する。


 ようやく彼女の異変の正体に気付いた。



 「旭川!足から血!!」



  彼女のかかとから血がしたたり、

白い足首の回りが吹きこぼれた血で

赤黒くかさぶたのように固まっていた。


 街灯の灯りでその血はさらに艶めく。



「ああ、これは大丈夫、少し休めば良くなるから」


「なるわけないだろっ!なんでもっと早く言わないんだよ!」


張り上げた声で彼女に強く叱った。


 足元に屈んで横から見ると、靴擦れで踵は真っ赤に腫れあがり

血まみれの足は痛みに耐えるような小刻みに震えていたのがすぐ分かった。


 それを足をスッと後ろに引いて隠そうと悪あがきをする旭川。


 『なんで、隠そうとするんだよ。

てかなんで気付かなかったんだ、

馬鹿野郎だ俺は』


 顔を海辺に逃がしだんまりを決め込むが、

血が出ているのは両足、片足だけ隠しても全くの無意味だ。



「ちょっとここにいてくれ、すぐ戻る!」


 そっぽを向いていた彼女は顔をこちらに戻したような気がしたが

それを確認するより先に自分の足は商店街の方に駆けていた。



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