第30話 廻り巡る箱の中

 「何から説明したらいいかしら」



 言葉に迷いあごに軽く握った拳を当てる旭川。

普段から即答でテンポよく話す彼女にしては珍しい。



「時間がないって言うのは締め切りとかそういうやつ?

旭川が作家なのと関係あるんだと思ってたんだけど」



 どこから話そうか、と少し困った様子に、助け舟を出した。

 

 観覧車のゴンドラ内は外から吹き込んだ潮風の香りが漂い、

風が冷たくなっていたのを感じる。



 「関係あるわ。結論から言うと、

❝作家である祖父の作品の続きを一年以内に私が書かなければならないの❞」


 「なるほど・・・え?待って。

祖父って旭川のおじいさんも小説作家なの!?」


 衝撃の真実に思わず立ち上がってしまい、室内を揺らしてしまった。

 


 彼女の包む海の背景が広く見えて、

薄暗くなり始めた夕暮れと海面の黒が彼女の黒髪に溶けている。



 「そう。祖父も作家でね。

中学生の頃から色々作品を読ませてもらって。

いくつか読ませてもらっているうちに、

私も感化されて、同じ道を目指しているの

・・・単純な女でしょ?」



 静かな微笑で笑いを誘う旭川。



 「凄い事だよ!

そういう夢を持ってるのって誇れることだし。

なにより、もう叶ってるじゃん!」



 ヒーローでも見つけた子供のように自分が喜んでしまったように、

思ったことをそのまま全て言葉にしてしまった。


 憧れと共に、

彼女の過去や根幹に触れられた気がして嬉しくなってしまったから。


 同時に自分とは違う世界で生きてる人間なのだと、

改めて感じ、その存在が眩しく見える。

 


 「そ、そう・・・ありがとう」



 少し照れくさそうに横髪を手櫛でほぐす旭川、

艶やかな髪が指と指の間を逃げていく。



 母親には反対されたのだけれど、私が我儘わがままを言ってね。

最後は「せめて大学は卒業しなさい」って大学に入るのを条件に、

執筆活動させてもらってるの」


「旭川が、我儘わがままを言うなんて子供みたいなところもあるんだな」


「私をなんだと思ってるのよ・・・」


 先程のまでの奥ゆかしさは何処へやら、

ジトっとした目で呆れたように言葉を投げられた。



 「じゃあ時間がないっていうのは・・・

御祖父さんに何かあったの?」


 連想してしまう≪寿命≫二文字。


 ≪時間がない≫、≪祖父の影響≫

そう聞いて、嫌でも連想してしまうだろう。

 


 「まだまだ元気なはずよ。

私の作品をいつも一番に読んでくれる。

明るくて元気な御祖父おじいちゃん」


 「よかったぁ・・・

でもそれならなんで旭川が代わりに書くんだ?」



 旭川の口角が上がった口元を見て、ひとまず安心したが、

彼女の視線は、こちらから外に滑り落ちて行ってしまった。



 「って知ってる?」


 「確か、作った人がそれを所有する権利みたいなものだろ?」



 業界用語が急に出てきて心が少し身構える。

話が核心に迫るのを確信した。



 「二年前、祖父の作品がメディアの人間の目に留まったの、

テレビドラマ化しないかって話まで出た・・・」


 「すごいな!旭川家は文豪の一族なんだな!」


 「それがね、話が決まったところまでは良かったんだけど、

契約をして、いざドラマ化って決まってすぐにトラブルが起きたの。

原作とドラマ化で話の内容が違うって、

祖父がひどく怒ってね」



 よく聞く話だ。

ドラマや、アニメの実写化なんかでよく聞く≪原作崩壊≫


 ドラマ化と聞いた時は現実味を感じられなかったが、

彼女の深刻そうな顔と聞きなれたフレーズで、

夢のような話が現実味が帯びていくのを肌で感じた。



 「それから、祖父はドラマ化を拒否。

メディア側は契約だ違約だって双方主張がぶつかって、

話は凍結、保留になって、

祖父はそこから作品を作らなくなった。」


 「著作権問題で時間の問題って・・・」



 考えても、答えは脳内に入っていない。

そもそも著作権に関しても

「作ったものは作った人のモノ」程度にしか理解できていなかった。



 「あとさせ、

メディアに原稿を渡すか、契約した作品に替わる別の作品を渡すこと。

どちらか出来なければ、メディアに作品の権利を譲渡する契約なの」



 彼女は小さな拳を膝の上で握る。



 「そんな契約をしてたってこと?」


「契約書に記載されていたの。何枚にもなる。

読むのもうんざりするような契約書にね。

よくある話。

祖父も、原作通りにドラマ化するって話をされていたから、

快諾して契約内容を深く疑っていなかったみたい」



「なるほど・・・それで旭川が別の作品を提出って形で交渉のか」



 この前都心の広告で見た「彼岸花」という作品のドラマ化。

彼女との会話の流れでなんとなく話が見えてきた。


 「察しがいいのね。そう、見事に私の作品はドラマ化を果たしたわ。

やっぱり原作とは少し違った作品としてドラマ化したみたいだけど。

私はそういうのあまり気にしてないから。

・・・肝心なのはその後の祖父のほう



 「旭川の作品を渡す事で解決したんじゃないのか?」



 彼女は下唇を軽く噛んでから肩で一度、深呼吸をする。



 「そこが問題だったみたい。

私【朝日桜】が自分の作品を、祖父の代わりに提供したのを知って、

ショックだったみたい。

祖父は凍結していたドラマ化するって話を

メディアに丸投げして著作権を放棄しまったのよ」


 「どうしてそんなこと・・・」


 「私も分からない。

それからというもの、祖父が私に会ってくれないから理由も聞けず仕舞い。

 ただ、祖父の作品は二部構成。

上巻は出版済みでも下巻はまだ作られてなくてね、

メディア側から私に依頼があったの、祖父の下巻を書くようにってね」


 「どうして旭川にそんな話になるんだ?

旭川は家族ってだけで作品に直接関係があったわでもないのに・・・」


 「私が祖父に代わって作品を提供したことで、

味を占めたってところじゃないかしら。

祖父の作品の権利を餌に私がつれればおんの字なのよ」



 旭川は作った拳を隠すようにもう片方の手の平でそれを覆った。



 「・・・書くの?」


 「初めは断った。私じゃまず書けないジャンルだもの。

それに人が書いた作品の続きを書くなんて、

誰が代筆するって言っても烏滸おこがましいことよ。

でもそう言ったら、

❝じゃあ別のシナリオライターに頼む❞って言われて・・・

信じられないわよね」



 彼女の握る拳が一段と強くなる。

手の平で隠されても分かる程にその手は小さく震えていた。



 「祖父の作品を好きになったワケでも興味があったワケでもないんだって

そこで初めて分かった。悔しくなった。

結局はお金の事しか考えてないんだって。

金儲けの道具としか見てない人達に、

私の大好きな祖父の作品を

ぐちゃぐちゃにされるのだけは絶対に嫌って思った」


 「それで一年以内に祖父の作品の続きを書くって話に繋がるわけか」


 彼女の内から吹きこぼれる静かな怒りを感じながらも

それをなだめるように冷静に返すことしか出来なかった。


 

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