第28話 其処は腹の底

遊園地に来たのはいつぶりだろう。


≪1ヶ月ぶりだ≫


脳内に問題を出すとすぐに回答が返ってきた。




 前回、七瀬瑠璃音と

場所はここではない別の大きなテーマパークに来ている。



 前日に「行けない」と言われ落ち込み、

当日の朝「やっぱり行く」と言われ

慌てて準備したのは記憶に新しい。


 付き合って最初のデートだった。

学校のマドンナと呼ばれる彼女を庶民的な店に連れて行くわけにもいかず、

かといってお財布に余裕がある訳でもない一般大学生は、

高級飲食店にも、高級品巡りなど出来るわけもなく、

精一杯背伸びしをして日本でも有名なテーマパークを選んだ。


 結果は凄惨そのもの。

相手を楽しませるどころではなく、

相手への体力の気配りで沈黙を作らないようにするので精一杯。

そして現在地を確認するのでてんてこ舞い。


 「初めて行くんだ」と予防線に言っておいたが、

有り余る不手際の数々に思い出すだけで恥ずかしくなってきた。


 帰りの駅で先に降りた彼女が、

一度も振り返ることもなく改札口に向かって行ってしまったのだって

自分の不甲斐なさに落胆された証拠だ。



『ってせっかく旭川と遊園地に来ているのに何を思い出してるんだ!!』



過去の羞恥に決別するように言い聞かせ激しく首を振って。


「大丈夫?」


後頭部に声が当たる。


 自分達はバイキング、ジェットコースター、

その他いくつかのアトラクションを回り、

立ち寄っていた飲食店の席を取っていた。


 人の多さは衰えることはなく、賑わい、

遊戯の稼働音と絶叫が

傾いた陽にこだまする。


彼女が「お手洗い」と別れた間に軽食を店で買い席に座って、

絶叫と共に過ぎ去る鉄の乗り物を、見上げ見送りながら返事をした。



 「全然大丈夫、全然大丈夫!」



自分にも言い聞かせるように答えると

旭川は「そう」とだけ言って

テーブルをはさんで向かいの席に座った。



「これは?」


「場所取りがてらおいしそうなの買ってきた。

俺は苦手な物ないから食べれそうなのあったら食べて」




 テーブルの品々を見て、

その場で財布のチャックを手に掛ける旭川。


「こういうのは折半」と野口英世の≪渡す≫≪いらぬ≫の

押し問答をしたのち

「次あれば御馳走してくれ」の言葉でようやく

彼女の頑固は落ち着いてくれた。


 面と向かって自然と席に着く旭川。


 何から食べようかと仏頂面で品定めをしている姿を見て

不思議と安心した。


 理由は自分でも分からない。


一緒にいて安心するような和やかなタイプでも癒し系な女性でもないことは確かだ。


彼女はいるだけで人に魅入られるタイプ。


今だって多方面の男性方から何度か視線を向けられているのが何よりの証拠だ。




 飲み会の夜のことがなければきっと一生関わる事は出来なかっただろう。


 恋愛だって出来なかったわけじゃない。

してこなかっただけ、きっとそうだ。



「今まで告白とかされたことなかったのかな?・・・あ」


 安心のあまり油断した口が思った事をそのまま喋ってしまった。



 ポテトに手を伸ばす旭川の手が止まる。


 ウエットティッシュをしっかり用意しているのが

相変わらず律儀というか、女の子らしい。



「異性から告白らしい告白はなかったけど友達になろうって連絡先を聞かれることは何回かあった気がする」



また「最低」とキモがられると思ったがすんなり返答され、

肝を潰された。



「き、気がするって・・・記憶にすらないのか」


 「いつ何人に聞かれたなんていちいち覚えていないし、

わざわざ連絡先を聞いてくる男性相手の目的が分からないほど今の私は恋愛音痴ではないわよ」


 『モテる女の処世術ってやつか・・・』


 自分も連絡先を旭川に聞いていたら

きっとそのうちの一人になっていたのだろう。



 「最初はね、教えていたのよ。友達が欲しくてね。

友達から始めたいだなんて言われた時は嬉しかった。

何度か連絡をもらって外で会うこともあった。

でも私と一緒にいてもみんな最後はつまらなそうな顔をして帰っていく」




 お芋に伸ばした細い手は、

何も取らずにテーブルの上に音を立てずに落ちた。



 「私、面白い人間ではないから、友達としては役不足で

周りを楽しませたりとか出来ないし、

恋人になろうと告白してきた人の気持ちには応えられない。

私は友達として一緒にいて、楽しいって思っていても、

相手の目的は違うことが多い、

友達だよって言ってくれても腹の底は何を考えているのか分からないのが

私は少し怖い」


 躊躇いなくすんなりと話してくれたことにさらに驚いた。

同時に彼女も一人の人間なのだと理解した。



「俺はたのしいよ」



彼女より先にポテトを掴んだ。一番長い、ふにゃふにゃポテト。



「男女間の友情とか俺もよく分からないけど

旭川のこと友達だって思ってるし

ここにいるのだって今も楽しいからだ。

まあ、確かにちょっと言葉にとげがある時もあってショックを受けることもあるけど・・・

横でニコニコ愛想笑いされて、

本音言わない人よりいいと思う」



彼女の手はさらに引っ込みひざ元に帰っていた。



 「友達って言葉も含めて全部、

本音として受け取るわよ?」



 初めて見せるいつもよりずっと真剣な顔。

普段から無表情な為、殺気にすら近い雰囲気を醸し出している。



 「本音だよ!

アトラクション並ぶ時間、気まずくなるかもって内心思ってたけど

旭川の謎の遊園地豆知識みたいの面白いし、

絶叫系苦手なくせに並ぶし」


 「苦手だなんて言ってないけれど」


 「言わなくてもわかるわッ、

順番近くなると全くしゃべらなくなるし

降りた後、隅っこで動かなくなるし」


 「し、仕方ないじゃないせっかく来たなら乗りたいし。

私だって一つでも多くの感情を体験しておきたいし。

樺月君だって何も乗らないのはつまらないんじゃないかと思って・・・」



そよ風に流れる髪もかばう事なく、

膝元にいた手でオレンジジュースの入ったカラフルな容器を掴み、

ストローを咥えると、それ以上彼女は喋らなくなってしまった。



 『自分の我を通す気の強さも人一倍だけど、

気遣う気持ちも人一倍だな』



 「人の腹の底なんて俺も分からないけど

今分かるのは、俺も旭川の腹の底も空腹ってことだ。

食べよう!今日は最後まで付き合うから」



 自分にも分からない。恋人になったって相手の気持ちや

腹の底なんて分からなかったのだから。

それでも、自分の腹の底は彼女に見せたいと思った。




「それは友達として?仮の恋人役として?」



旭川はようやく目元にかかる黒髪を耳の後ろに流す。



「恋人役という名の男友達第一号として!」


「なにそれ、第一号って他に男友達がいないって言いたいの?」


「さぁ?俺の願望かもしれん」


「最っ低」


 彼女は吹き出すように小さく笑った。


 それは今日初めての笑顔。


 言われたのは二回目で慣れたからなのか

夕日に照らされたその可愛らしさに当てられてからなのか


その言葉が胸の中でくすぐったかった。


そんな自分の心を見透かすように彼女は小さく笑ったまま、

短くてサクサクのポテトをスッ容器から引っ張っては

パクリとリスのように頬張ほおばった。


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