第25話 悲願と彼岸花

【朝日桜】


 ―――処女作❝彼岸花❞で

本年度新人文学賞を獲得した、ミステリー小説の期待の彗星。

年齢、性別、過去の経歴はいまだ不明。

新人作家ということもあり情報が不足しています。―――


 以上ネット調べ。



 「賞を受賞するなんてすごいな!

しかもミステリー小説だなんて、

如何にも小説作家って感じがしてかっこいいし」



 スマホで調べた検索結果を調べながらグラスに付いた水滴をぬぐう。


 正直小説家の凄さとはどれ程なのかはよくわかっていない。


 それでも都会の広告を飾ることは誰からでも表彰されるべきほまれだ。

褒め方が正しいかは分からないが、率直な感想で賞賛した。



 「本当はサスペンスを書きたいのだけれど

私の作品はミステリーの方がウケがいいみたい」


 「え?サスペンスとミステリーって同じじゃないの?」



 ドラマなんかどちらも良く聞く単語だが違いがよく分からない。



 「明確な線引きは無いけれど、

 ❝ミステリー❞は読者に向けて仕掛けられる謎や犯人側のトリックを

叙述じょじゅつし種明かしでラストを飾ったり、謎を解決したりしたりするもの。

 ❝サスペンス❞というジャンルは、

読者に犯人や真相が明かされていて、

その解決までの緊張感や不安感を楽しむ作品のことよ」



「つまり?」


 「・・・作者側から分かりやすく言うなら、

ストーリーの構成が得意ならミステリー向け、

心理描写、感情表現が得意ならサスペンス向けって感じかしら」



 なるほど、わからん。


 今までの人生で小説など読んでこなかった為、

いまいち違いが分からなかったが


 今の言い方でいうと彼女は

感情表現が得意ではないということだけは理解できた。



 「それで、作者名も作品名も教えたから、

条件はクリアってことでいいのよね?」


 「あ、うん。でも尚更俺じゃなきゃいけない理由が分からなくなった。

本当に協力者が俺でいいのか?」

「樺月君しかいないわ」



間を開けることもなく即答された。



「それで日程だけど、明後日とかどうかしら?」


「ぐいぐい来るな・・・明後日って、平日では?」


「世間は大型連休ゴールデンウィークだから樺月君も例にも漏れず休みかと思っていたけど連休中は忙しいの?」



 GW(ゴールデンウィーク)

5月初めに来る大型連休だが、非リア充にとっては

ぼんやり過ごす日曜日の集合体。


 特別思入れも準備もしたことはなかった為、

意識したこともなく、まったくもって盲点だった。


 

「あ・・・や、なんも予定ない」


「そう、よかった。じゃあ明後日で詳しい時間はラインするわ」




そうして、あれよあれよという間に

GWの予定が決まり、


 彼女は目的を果たし終えたかのように帰りの支度を始めた。



 「え?もう帰るの?」


 「ええ、お互いの今日の目的は達成したわけだし。

他に何か用事があった?」



「いや・・・」



 「もう少し話を」と言いそうになったが

その先の言葉が思いつかない。


 旭川に友達と同時に、

ビジネスパートナーと言われたからだ。


 そもそも彼女を今日呼んだのも自分であったが、

それも彼女のビジネス協力の一環。


 加えて彼女は有名作家、こちらは一般人。

彼女と自分では同じ時の流れでもその価値は雲泥の差がある。


 を目的に引き留めるのは友として誘うことは出来ても

ビジネスパートナーとしては誘うべきではないという結論を脳が下した。



『そうだよな、

俺達って❝俺の変わりたい❞と、❝旭川の恋愛を知りたい❞が

たまたま利害関係になっただけであって

気の合う仲ってワケでもない。

 ライン交換して、名前で呼び合えるだけになっただけで、

友と呼べる事も何一つして言いない。

デートたって小説を書く為だもんな』


 

 軽く浮かれていた自分に気付き、悲壮した。






 ショルダーバッグを肩にかけ立ち上がる旭川。

 

 もう帰るつもりだろう。

自分も一緒に帰ろうと立ち上がった時だった。



 「樺月君」



 椅子を元の位置に戻しながら、

声に出さず目を合わせ、眉を高くして返事する。



 「樺月君が言ってた、を前の彼女に教えて貰えなかったって話だけど。

 私と本気でデートしてくれたらその理由が分かるかもしれないわよ」


「本気って・・・どういう意味?」



旭川はショルダーバックを肩に掛け直しながら説明してくれた。



 「隣を歩いてくれるだけでいいとは言ったけれど、

私を本当の彼女だと思って本気でデートしてくれれば、

それを樺月君の彼女として

何が正しくて、何がいけなかったのか評価出来るし改善策があれば教えてあげられると思うの」


「なるほど・・・」


 「そして私は彼女として接して貰えた分だけ、

よりリアルな恋愛経験値を得られるわ」


 「それが狙いだろッ」


 真面目に聞いて少し損した。

というより、いきなりと言い出すから

真剣にならざるを得なかったわけだが。


 こちらの顔が少し熱くなったことなど

彼女は知るよしもなく、涼し気な顔をしている。


 「急にデートとかいうと思ったら次から次へと・・・

考えておく」


 「明後日楽しみにしてる。それじゃあ」



 旭川と一緒に帰るつもりだったのに彼女は颯爽と店を出て行ってしまった。


一緒に帰るつもりで席まで立ったのに、

別れの挨拶をされたせいで彼女を追いかけることも出来ない。




 居心地の悪い腰を落ち着ける為に、

周囲の反応を気にしながら再び椅子に腰を落としたのだった。



◆◆◆



「見つけたぁ」

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