第24話 緋色のヒロイン

「ココア美味しい?」


「そういやまだ飲んでなかった。ありがとう、頂くよ」


 彼女に勧められたかように汗だくの冷えたグラスを手に取り

グッと喉に流しこんだ。


『これ、サイズでかい気がする』



 相変わらずおいしいが先日も飲んだせいか

甘い味に飽きが来る。



 「ちゃんと飲んだわね?」


 「え?」



 飲み切れずにグラスを置いたのと同時に旭川は

澄んだ瞳で小言を差した。



 「冗談よ。さて、提案なのだけれど聞いてくれるかしら」


 「今の絶対断れない前置きだったろ!」


 「樺月君がこの前頼んだのはショートサイズ。

今回のココアはベンティサイズ。

 ベンティは最大サイズで量はショートの二倍以上。

つまり協力も二倍以上、協力してもらえるってことよね」


「どうゆう理論だよ。・・・って謀ったなっ」


 毒でも盛られたかのように喉を押さえて見せたが

彼女はクスリとも笑ってくれない。


  物量で願い出ずとも言ってくれれば

友達として極力協力したいと思っているのに、

相変わらず律儀というか、いやこれに関しては

律儀云々の話ではないけれど。



「それで協力っていうのは。

私とデートしてほしいのだけれど」


 『なんだデートか。

そのくらいならお安いごよう―――』

「デート!?」



 自分の思考を押しのけて口が先に動く。



「そう、デート。一緒に遊園地行きましょう」


「いいけど、なんで急にデート!?」


思わず「いいけど」と言ってしまった。


 彼女は少し気まずそうに膝の上で両手を揉み、

真剣な瞳は視線は伏せた。



「言ったでしょう。私、恋愛経験がないの。

自分の経験談や体験談があれば、

その時の感情を参考に書けばいいけれど、

 経験不足の私にはそれが出来ない。

樺月君が言っていたような

ベースそのものが私にはない。

 百聞は一見にかずって言葉があるように

人に聞いてばかりではなく自分で見て経験した方がいいと思って・・・」



 「だからって急にデートだなんて、

そんないそがなくたってこれから経験していけばいいだろ」


 『それだけ可愛いんだから』と心の中で続ける。



 「・・・時間が無いのよ」



 会話の勢いが急停止した。


 意味深に放った言葉の意味を聞き返そうかと思ったが、

彼女のせた瞳の陰りに

質問を無意識に阻止された。



「私と、樺月君はビジネスパートナー。

貴方の恋を買うのが私との契約、

 こんなことをお願いするのはフェアではないのは分かっているわ。

それでもこんな事頼めるのは今は貴方しかいない。

隣を歩いてくれるだけでもいい。

天井のシミ数えてればすぐ終わるから―――」


「天井のシミって・・・

団地妻の本から言葉を抜粋しただろ」


 彼女の表情は真剣だ。

それでも言葉選びが時々変な方向へ行くのは

恋愛音痴のせいだろうか。


 だとしたら自分と少し似ている気がする。

お互い異性との経験がほとんど無いところ。


 ただ自分と決定的に違うのは


恋愛が出来なかったのと

恋をしてこなかった事


 彼女の容姿なら男に困ることはまず無い。

だがらと言って恋愛経験が無いと嘘を言っているとは思えない。


 そんな旭川がどうして今になって

恋愛小説を書いているのか、

色恋沙汰に興味が沸いているのか

次第に興味が湧いてきた。


 

言った言葉の意味も気にかかる。



 「いつ行くんだ?」

 


 断る理由はない。

時間はあるし、

妥協案とはいえど

アイスココアを女性に奢らせた

自分の罪悪感も払拭したい。



「いいの?」



 褪せていた瞳にワッといろが戻ったように

表情が少し明るくなる。



 「ただし、一つだけ条件がある、

旭川の書いてる本を読ませてくれ」


 彼女の気になることの一つ、

どんな作品を書いているのかまずは知りたい。


至極当然だ。


 彼女がそれだけ熱心に考えている恋愛小説。


となれば出版している作品は、

どんな熱量を持って書き上げているのか知りたい。



「えっ、言ってなかったかしら?」



「恥ずかしい」と断られるかと思ったが、

帰ってきたら返事は思いの外淡白だった。



 そしてバックから一枚、名刺を取り出して

机の上に二本指でスッと置いた。




 【光栄出版】

 【朝日桜】


 と書かれた名刺。


 「朝日桜・・・」



 どこかで見たことがある名前。



 「安心して、こっちはハンドルネーム、

本名は旭川の方だから」


 「いや、別にそこは気にして無いんだけどさ。

ちなみに代表作とかって何?」



 氷菓子でも食べたかのように頭を抑えて

必死に思い出そうとするが見覚えのある漢字を思い出せない。


 そんな自分に向かって

彼女はこちらの額に指を刺した。


 「え?」


 「後ろ」


 どうやら指を刺されたのは自分ではなく

自分の後ろの窓の外。



 大都会の喧騒、それを囲む

アスファルトジャングルと呼ばれる

高層ビルの山々。


 さらにそのビルの中でも一際人通りに面した

大きな広告塔を二人は見上げた。



【ベストセラー小説 彼岸花 待望のドラマ化

著者 朝日桜】


 大々的に描かれた広告看板の真っ赤な彼岸花



「マジか・・・」



 開いた口が塞がらない



「超有名作家だったのか・・・」



 首がブリキのおもちゃのように硬くなってしまい

ゆっくりと旭川を見ると


彼女は無表情のまま

胸の前で小さくVサインを手で作ってみせた。

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