第23話 目先の兎

 「なるほどね、話は大体理解できたわ」



 車達がヘッドライトを付け始める夕方、街の大通り。


 その喧騒をガラス一つ挟んだ静かな店内


 コーヒーショップフタバにて、

メモ帳を丁寧に両手でパタリと閉じる旭川奈桜を正面に見つめる。


 いつもの長く真っ直ぐな黒髪。

白のシャツに黒のワイドパンツを着こなし、淡い緑色のカーディガン羽織った彼女は今からモデルの撮影でも始まるのかと思う程に美麗だ。


 



 だが彼女が目の前の席に居るのは、モデルの撮影を頼んだからではない。

 

 旭川に自分の恋愛談を話す為だ。


 日中に蒼汰と別れた後、旭川に連絡しフタバで会う約束をした。


 当日の昼間に送ったラインで彼女と会う約束をしたのだが、


 その日のうちに会えるとは思ってもみなかった。


 その為、呼んだのは自分だったにも関わらず、

フタバに来店してきた彼女を見た時は少し驚いた。


 また、約束をしたといっても内容は事務的で


 【どこかで時間作れないかな?話があるんだけど】


 と送ったメッセージに

数秒で既読が付き、


 【了解、5時にフタバで】


 と端的な文章。


 いまいち信憑性しんぴょうせいに欠けていたことから

本当に来るのかと少し不安なところもあったが、

約束の時間ぴったりに来た旭川は真面目というイメージを強くした。



◆◆◆




 「ふう、これで俺の恋愛話は全部だよ」


 「急に今日、話があるだなんて言うから、

何かと思えば、まさか失恋話を聞かされるなんてね」


 「まさかってなんだよ。

俺の恋愛経験を参考にしたいって聞きたいっていったの旭川だろ」


 「言ったけれど自分から話してくるとは思わなかったから、

それも楽しそうに・・・」


 「べ、別に楽しくはないよ!」


 正直少し楽しいと思う部分は所はあった。


 旭川は絶えず真剣にこちらの話を聞いてうなづいてくれるし

誰かに必要とされることは何より嬉しい事だから。



 「どうだろ、何か参考になるかな?」


 「あまりならないわ」


 「え?」


 高揚感高まる期待感は

バッサリと切り捨てられる。



 「浮気されて別れたって話を最初に聞いた時、

どんな感情でどんな気分だったかって気になったけれど・・・・」


 「なったけれど?」


 「樺月君、優しすぎるのよ」



 静かに吐いた溜息ためいきを吸うようにドリンクのストローに唇を付ける。


 一服のち



 「樺月君の前の彼女、瑠璃音って人だったかしら?

本当に好きだったわけよね?」


 「うん」


 「でもその人に浮気されたわけよね?」


 「うん」


 「よくある映画や、漫画とかは浮気されたら

普通は嫉妬とか、悔しいとか、憎いとか、殺してやるとか、誰でもよかったとか

今は反省しているとか、そういう感情が湧くものだと思うけど」


 「湧かないよ!途中から感情じゃなくて動機になってるし・・・

そもそも何でフラれたか教えてくれなかった。

俺に魅力がなかったと言えばそこまでだけど・・・」


 「ふった理由には触れて欲しくなかったのかもしれないわね」


 「俺に魅力がなかったって話に触れて欲しいのだが・・・」


 こちらの落ち込んでる様子など意にも介さない様子で

旭川はメモ帳をバックに入れ、腕を組む。


「もっとこう、胃の奥底から煮えたぎるような―――」

 「よく胃ネタを躊躇ちゅうちょなく言えるな。

逆に聞くが今までどんな恋愛小説出版してたんだ?

小説作家なら何冊か世に出してるんだろ?」


 「恋愛モノを出版したことは無いわ」


 「一つも?」


 「一つも」


 二つ返事で帰ってくる文言もんごん


 「今日呼んでおいて言うのも何だが、

恋愛小説を書くなら先に恋愛自体を体験するとか勉強した方が

いいんじゃないか・・・」


 「失礼ね、これでも勉強はしているのよ。

こういう本を読んでね。

それに出版は出来てないだけで原稿は何度か上げているわ」



  そういって彼女はミニバッグから3冊本を取り出しテーブルに置いた。


 『何度か上げてるってことは勉強しながらも書いた原稿が

ボツになってるってことか』


 言葉の節を確認しながら並べられた本を手に取ってそれぞれ確認した。


 並んだ三冊の表紙


 【泥沼不倫妻 最後の涙】

 【歌恋うたこい 夏の行方ゆくえ

 【俺のハーレムライフがムフフ無双6巻】


 二冊は小説で一冊は漫画。


 三冊それぞれ手に取っていき、パラパラとめくり目を通す。


 


 そして絶句した。

選んだ本はどれも恋愛モノであったが、

同じジャンルでもベクトルセンスの方向が全く違っていた。



 一冊は不倫をした団地妻の家庭が崩壊していく過程と

逆恨みと復讐に燃える血みどろの人間関係を描いた物語。


 もう一冊は、高校生で吹奏楽部の部長と、副部長の

両想いながらも気持ちを言葉にできず、

その想いを曲に乗せる。

甘酸っぱい青春恋愛小説。


 最後の一冊は男性誌漫画で

どう転んでもラッキースケベのオチが付く

ハーレム物語。



 どれも声に出して読むのもはばかれる表紙絵とタイトルにも関わらず、

胸を張り、少し誇らしげに目を大きくする旭川。



 まるで無口な子供が親にテストの点を褒めてもらおうと

言葉を待っているかのようだ。



「なんていうか、

どうしてこうも極端きょくたんなんだ・・・

青春系のやつはいいとしても、どれも方向性が

別のベクトルに突き抜けている・・・」


「私、こういうのうとくて。

出版社の編集長の引き出しに入っていた一冊と、

友達に聞いておススメしてもらった一冊、

それと本屋さんでランキングの高い一冊をそれぞれ買ったの。

 えり好みはせず苦手なモノでも教養になりそうなモノは、

何でも取り入れた方がいいと思って」


 「何でもが過ぎるだろっ!

恋愛観が歪むわっ。

というか出版社の編集長、性癖どうなってんだよ・・・」



 多少感心されると思っていたのか、

こちらのツッコミに犬が耳と尻尾を垂らすかのように、

少し落ち込んでいるのが目に見えて分かった。 


 三冊の中でも割と馴染のある男性誌漫画を手に取り、

彼女の言う教養を探した。


 初めて読んだが話自体はよくあるハーレムもの。

だが所々戦闘やシリアスがあって面白く、読み進めてしまう。


そしてあるページに目が止まった。


 『ここのページ・・・』


 その場面は主人公の仲間の女神官が、

瓶に入った超高級ヨーグルトの蓋を勢いよく開けてしまい、

中に入っていた大量のヨーグルトが、

主人公と女神官を白濁液まみれにする際どいシーン


 そしてその後のセリフ



 ポッと意味深に顔を赤らめる女神官に思わず

主人公がドキッしていしまい、

高級ヨーグルトをダメにしてしまった不手際を許してしまう、

というワンシーンなのだが



 「このセリフ、吐かれた時に言われたヤツじゃん。

まさか、それ言えば許してもら―――」



 みなまで言う前にカバっと本を取り上げられた。



 「・・・あの時は申し訳さのあまり許してもらえそうな言葉が

それしか思いつかなかったの!」



 普段から淡々と喋っている口調だが

今日一番感情が入り言葉尻が下がっている。


 『旭川が今ムキになった?』


 いつもと変わらない冷たい表情をしていながらも、

顔は少し赤く、早々と本をしまう旭川に、

追加で何かを言う気にはなれなかった。



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