ユーカリの蕾

第22話 更生と再生

 「はあ!?飲み会の夜、瑠璃音ちゃんと喋った!?」



 真っ昼間の校内広間に蒼汰の驚嘆きょうたんがこだまする。



 「声がでかいわ!会っただけだよ、

まさかあんなに拒絶されるとは思わなかったけど。」



 飲み会の夜、

瑠璃音と再会した内容を蒼汰に話した。

(最後に耳元で囁かれたことは言わなかったが)


 前に瑠璃音と別れた話は伝えていたが、

蒼汰は事細かく聞いてこなかった為、

彼女とのやり取りを1から全て話すのは初めてだ。



 「たまたまかぁ・・・うーん」


 「なんだよ、向こうから声かけて来たんだからな!」



  神妙そうな顔持ちで急に喋らなくなった蒼汰に附言を加える。

 

 「いや。なるほどなぁと思ってな・・・

瑠璃音ちゃんに愚かな恋をしたとは思っていたが、

まさかそんなことになっていたとは」


 「愚かとはなんだ愚かとはッ」


 

 講義室の椅子に座りお互い腕組みをする。


 そして赤メガネは仙人のような仕草で生えてない顎髭を撫で始めた。



 「だってマドンナだぜ、隣の大学でも噂になったこともある。

そんな美人に告白するって聞いたときは愚か極まれりって思ったもんだ。

案の定別れたがな!」


 「うるさいわ!俺も付き合えると思ってなかったよ」


 「そんで慰めの飲み会は旭川さん選ぶしよぉ、

お前はホント美人好きの乳好きだよなぁ。

さかりの時期だから気持ちは分からんでもないが、身の丈にあった相手を選べ。

その丈が余り過ぎて十二一重みたいになってんぞ」



 ばさばさと今度は大奥の淑女のような身振り、

この男は言葉に動きがないと話が出来ないのか。



 「旭川をそんな目で見てないよ。兎作戦では周りに合わせて彼女を選んだだけだ。

飲み会の後だって少し話をしたくらいだし・・・」



 脳裏に旭川の胸の谷間を思い出し、目をそらす。



 「飲み会の後?

確かにあの後旭川さんも同じ方向に帰って行ったけど・・・ハッ!?」


『しまった、つい口が滑った』


 何かを察したようにメガネの奥で瞳を震わせる。



 「お前、まさか旭川さんをお持ち帰りしたんじゃないだろうな?」



  こういう時ばかり感の鋭い男。


 個人的に後ろめたいことはないが

旭川は飲み会の夜、ものの見事に吐いた事を気にしている。


 【お持ち帰り】とは言えなくも彼女を家に泊めたのは事実。

それを話せば当然、経緯いきそつを聞かれ

彼女がしでかした不祥事も話さなくてはいけないだろう。


 旭川に本人の顔に泥を塗るワケにはいかない。

(自分は泥以上のものをかけられたわけだが)


「そんな訳ないだろう」と咄嗟に嘘を言いそうになったが、

旭川に言われた「貴方嘘をつくのが苦手だもの」

のフレーズが頭をよぎり、思わず口ごもってしまった。



 「ある訳ないか!樺月に限ってそんな奇跡の連続。

そんな奇跡が起きようもんなら、

お前を竹槍で刺して月に返さなきゃいけなくなる」


 「十二一重ネタ引っ張るな。

それに輝夜姫が十二一重とは限らんぞ、

まあ昨日は驚きの連続だったよ」



 安堵のため息をさとられないように、

呆れたような声を出しながら吐いた。



「で、どうするんだよ?

瑠璃音ちゃんとの恋は無事バットエンドとなった訳だが、

旭川攻略ルートに移行するのか?」


 「いや旭川は友達だし。

とりあえずは新しい何かを見つけるよ。

恋愛だけじゃなくて、

もっと自分から挑戦とか行動してさ、

色んなものに目を向けていこうと思う」



 彼女は大学に入って初めて出来た女友達だ。


 彼女とは知り合って日も浅いが、

駅前でラインを交換した日から


「さん付けはいらないわ。

私達、友達になったんだから」


と彼女の方から友達認定を頂いている。


 女性の方から【友達】と面と向かって言われるのは

嬉しかったし、友をまっとうしなければと変な使命感すら

覚えてしまっていた。


 そして≪何事にも挑戦する≫ということは旭川と話し、

自身で決めたことだ。


 何でも挑戦してみる。諦めたり、辞めるのはいつだって出来るのだから。


 その言葉に心を動かされた。


 彼女のよき友としてありたいと思うには十分な理由だ。



 「そっかそっか、

愚かな恋から吹っ切れて旭川さんも保留で新しい恋ですか・・・

手当たり次第にっていうのはマッチングアプリでもタブーだが男なら・・・」


 何か納得した父親のように感心したといった面持ちでうなずいていたが、

その直後片方の眉毛がピクリと持ちあがる。


 「今なんて?」


 「いやだから旭川は友達だし恋以外にも―――」

 「ばっかもーん!なんでその流れで恋以外なんだよ!

新たな出会い、新たな恋、新たな旭川ちゃんだろ普通!」



 「新たな旭川ちゃんってなんだよ・・・」


 「そもそも、サークルにも何にも入ってないヤツが

新しい事とか言われてもなぁ」


 「マウントか?それに蒼汰がサークル入ってたなんて聞いてないぞ」


 「聞かれなかったからなぁ。

来るか?スポーツ愛好会。柴先輩もいるぞ」


 「俺運動そこまで得意じゃないし、

入ったところで愛好なんてとてもじゃないが出来ないよ

まあ、でも前向きに考えておくよ」



 「俺だって大学生活を楽しむために入った口だ。

キャンパスライフを楽しめよ。今は今しかないんだぞ。 

 それに大学に入る大半の人間は、

自分のやりたいことを見つける為に入ってるんだ。

将来やりたいことも大事だけどよ、

今何がやりたいのか見つけるのも大事だと思うぞ。」


 「今やりたいことか」


 「いろいろ決めて大層な夢掲げるのは勉強しながらでも

大人になってでも出来る。

時間はあるんだ、若いうちに出来る事、やりたいことやろうぜ。」


 「そう・・・だな」


 

 今明確にできること。


頭の上に思考を巡らせた時、真っ先に頭に浮かんだのは、

不本意ながらも自分を頼ってくれた旭川の頼み事だ。



 霧がかかった思考が少しずつ晴れ、

ぼんやりと、それでいてはっきりと自分がやりたいことが分かった気がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る