第17話 薫風のソラ

 「ありがとうございましたー」


 自動ドアの開閉と共に外へ。

都心は快晴、人通りも五月初めの例年通り。


 世間は大型連休前に活気づいている。


 だが一人自分を除いて。



 「スマホ・・・最新機種買ってしまった」



 旭川奈桜あさひかわなおとケータイショップに来ていたのだった。



 彼女に「行きましょう」

と言われてから店に入るまで、

ずっとドキドキした思いだった。


 彼女が「台所でまだやることがあるから」

と出掛ける支度を頼まれ、


 洗濯機から出した彼女の衣類をドライヤーで乾かし(下着まではやらなかったが)


 歯磨きを済ませ(彼女にも新品のコップと予備の歯磨きを差し上げ)


 財布の中身を念入りに確認し

 

いざ決戦の舞台へと意気込み、外へと踏み出した一歩は、

 一駅降りたケータイショップの前で立ち止まりる事となり、


 見事、最新機種のスマホをお買い上げしたのであった。



 「どうしてこうなった・・・」


 「よかったわね、新しいのが買えて」



 スマートフォンご契約時に頂ける、

紙袋の中身を見て肩を落としていると、

旭川が視界に入り込むように頭を下げ、顔色を見に来た。



 「なんで俺より嬉しそうなんだよ」



 重力にストンと垂れた黒髪。整った小さな顔に大きな瞳

改めて、とんでもない美人が横にいると再認識させられる。


 飲み会の夜の一件が無ければ

恋に落ちてもおかしくはないだろう可愛らしさだ。



 「人のやくにたてて良かったって気持ちにになったから」


 『どちらかといえば厄災やくさいやくだが』


 こっちが朝からよこしまな思考で悶々もんもんとしていた事など

彼女は知る由もないだろう。


 彼女は頭を上げ、コンクリートジャングルから空を探すように頭を上げた。

その瞳には清々しく青い空が写る。



 「今度は私の用事に付き合ってくれるかしら」


 「今日は休みだし、いいよ」


 もちろん了承の意味での快諾。

用事に誘われるとは少し驚いたが、

彼女もいない大学生の休日はあまりに暇を持て余している為、

断る理由はなかった。



 その快諾に相槌をするでもなく旭川は歩き出す。

その歩幅に合わせ、隣に並ぶと

ひしめき、どよめく街の中へ

また踏み出すのだった。




◆◆◆




 旭川奈桜―――

初めは口数の少ない暗い性格の女性だと思っていたが、

どうやらそれは勝手なイメージだったらしい。


 そのことに本格的に気付いたのは電車から降りて、

ケータイショップに向かっていた道中だった。



 家を出てからここまでの時間、

行動を共にするが

そこそこに会話が続いていたのだ。


 会話の中で得た情報によると


 彼女はテレビは全く見ないらしく、

流行りの音楽や、芸能ネタはほとんど知らなかった。


 好きな食べ物は甘いもの。


 嫌いな食べ物は海の幸全般。


 特に明太子やイクラ等のプチプチするものが苦手らしい。


 休日はカフェに行って読書をしたり、勉強をするのが

生活のルーティーンになっているらしく、


 今現在、彼女と二人きりで某コーヒーショップ「フタバ」の席に

腰を据えているのも彼女の提案あっての事だった。



 「よく来るのか、ここ。」


 「来ないわ」



 会話の出だしを切って伏せられ、沈黙が流れる。

半日一緒にいるがずっとこんな感じだ。



 「こういうお店はもっと、こう会話を楽しむんじゃないのか」


 「そうね私はこの味を楽しんでいるけれど」


 会話は何とも味気ない。


周りの席の男女はもっとたのに話しているというのに。


 明らかに周りはカップルだらけだから、

余計にそう感じるのかもしれないが・・・



 「それ、すごい名前だな」


 「グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノのこと?」


 『え?今なんと?』


 英霊でも召喚するのかと身構えてしまう程の詠唱呪文。


 フタバなんて意識高い店には滅多に来ないから小声で

「アイスココア」と頼むのが精いっぱいだった。



 「ちなみだけど、

SはショートのS、スモールじゃないわ」


 「うるさいわっ今さっき聞いたわっ!」



 レジで注文するときアイスココアのサイズの下にSと書いてあったから

「サイズはスモールで」と言ったら店員さんに笑顔で

「ショートでよろしいでしょうか」と言い直され恥ずかしい思いをしたばかりだ。


 恥ずかしさに熱くなった顔をますようにアイスココアを胃に流し込む。


 グラスの氷が音を立てるまで一気に飲み干し、

息交じりに顔の熱を放熱すると


 彼女が下を向いてテーブルの下で念入りに何かし始めていることに気付いた。



 「この前の飲み会の時もそうだけど、

俺が店の人と話してる時も

下向いて何かしてたよね、あれ何してたの?」


 「メモよ、その時に起きたことや、

人の話や情景を忘れないように紙に書いているのよ」


 彼女の手にはボールペン、

もう片方にはメモ帳を、

手を肩のところで持って見せてくれた。



 「なんでそんなことを?」


 「言ってなかったかしら、私、作家なの。」



  誇るでもじるでもなく、彼女は真顔でそう言った。


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