第14話  湯アガリと淑女

 ―――正座なう


 スマホが息をしていればSNSに

きっとそう呟くだろう。


 だがそんな温和な空気ではない。

いや、物理的には温かく散歩日和な天気なのだが・・・



 『気まずすぎる』


 股間にドライヤーの一撃を受けた後、

うずまった俺に彼女は



 「臭いからお風呂に入って」



 と言葉を吐き捨てられ、

俺は悄然しょうぜんとお風呂に入ったのだった。


 そもそも原因は吐いた彼女のせいだし、

臭いも彼女のせいだったが、

女性を前に醜態をさらしてしまった男には、

発言権はなかった。


 風呂を終え、服に着替え、只今絶賛正座中なのである。

特に指示されたワケではなかったが、

そうした方がいいと自己判断した。


『最悪の印象を与えてしまった。

まぁ、俺も頭から吐しゃ物かけられてるから最悪なんだけど』


 彼女はあれ以来一度もこちらを見てはくれない。

話しかけてくれることもなく台所で何かしている。


 それ以外の情報としては

狭い部屋で洗濯機が音を立てて回っているくらいだ。


 『洗濯籠空っぽってことは、

彼女の下着と俺の下着が一緒に洗われてるってことか・・・』


 ガタガタと音を立てる洗濯機の中身を想像すると、

自分でも意味不明なよこしまな思考が頭の横を通った。





「この度は、どうもありがとう。」


 気付くと彼女は座卓を挟んで向かい側に座っていた。


 『なんのありがとう?まさか、ムスコを拝ませてくれて的な―――』

「動けなくなった私の事ずっとおぶってくれたでしょ?」



 脳内で自分の脳を「バカたれ!」と叩く。


 彼女も正座をした後、足を膝を崩し、

長い脚が座卓の角からはみ出した。



 「まあ、あのまま放っておけなかったし」



 実際おぶったのは、漫画喫茶に出入りした時と

タクシーから降りて自宅に運ぶ間までの短い距離だ。



 「吐いたとこまでは覚えているのよ。

街のゴミ捨て場に吐いてしまって―――」

「誰がゴミ捨て場だ!俺の真上で吐いたろ。最悪だったんだぞ」



 覚えていないのか、それとも俺を社会のゴミとでも言いたいのか。



 「でも、喜びのあまりはしゃいで町の外まで駆け抜けて行ったじゃない」


 「喜んでねーよ!パニックになったんだよ!」


 

 ついでにダッシュで公園の水道まで走ったのだ。


 というかばっちり覚えているじゃないか。



 「そのあとは・・・」


 「タクシー乗って俺んちだよ、その後の事は俺も覚えてないけど」


 「起きたらベッドで寝てたわ、

部屋に知らない人が倒れてた時は、どうしようかと思ったけど」


「知らない人はそっちだろ。

なんで私の部屋に・・・みたいな言い方されるんだよ」



 バカにされてるのか、不思議ちゃんとかそういう天然系なのか。

彼女の無表情に加え、

感情の乗っていない声のトーンに心情が掴めない。


 「そういえば、

お風呂お湯沸かしたんだけどわかった?」


 「湯気立ってたから分かったよ。

なんで借りたお風呂でお湯まで入ってんだよ。」


「安心して、私は入ってないから」



『いや入ってないのかよ』と勢い余って言ってしまいそうになった。

ちょっと残念な気持ちを首で振り払う。



 「俺のために風呂まで入れてくれたのか?」


 「ええ、ちゃんと置いてあったスポンジで洗ったわ。

それに風邪までひかれたら後味が悪いから。」


  「そういや、なんで俺裸だったんだ」


  「私が脱がせたからよ」


  「え?」



 話がトントンと進み、

驚きの真実が淡々と明かされた。


 「貴方なんていうか、服から胃液の臭いがして酷かったから」


 「いやだからそれ、アンタのせいだから!」


 

 彼女は表情一つ変えず、

人差し指の甲で鼻を塞ぎ目を逸らす。



 「待てよ・・・ということは、

俺が寝てるときに裸をすでに見られていたってこと!?」


 「ええ。まあ、

・・・あんなふうになるのを見せられるとは思わなかったけど」


 『初めて見たわけではない・・・か、そうだよな。』


 これだけの美人だ、彼氏の一人いてもおかしくない。


 実際昨日の飲み会にだって彼氏持ちの篠原がいた。


 きっと今日の出来事だって今は無表情な彼女でも、

恥ずかしそうに彼氏に報告しながら、

夜の営みの前座話にでもなるのだろう。


 そしてまた幸せな一ページを刻むのだろう。


 それに比べて

自分は浮気され、拒絶され、スマホは壊れ、頭にはゲロを被り、

挙句の果てには彼女でもない女の子に未使用のムスコの本気状態を見られる。


 どん底の中のどん底だ。自分の短い人生の中でも過去一番に。

もうこれ以上嫌なことはないだろう。



 「昨日、話しをしていた一部始終を見てしまったの」



 前言、撤回嫌なこと一つ追加だ。

 

 瑠璃音ちゃんとの一件を見られていたのか。



 「あんな恥ずかしいとこ見られてたのか。じゃあみんなにも聞かれてたのか」


 「聞かれていないと思うわ、

私、近いところにいたからたまたま聞いてしまって。

盗み聞きみたになってしまったこと謝りたかったの」


 確かに旭川の席は一番廊下側の席だったが、

飲み会の場で元カノに復縁を求め、フラれたところまで聞かれていたとは

とことん恥ずかしい男だ。


 裸を見られたことよりも恥ずかしく顔を伏せてしまったが、

彼女は力強く続けた。


 

 「手伝うわ、私、貴方と同じ境遇の人間だから。

それを伝えたくて、昨晩あなたをったの」



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