第2章 さかりと花あかり

第13話 1つ屋根のシタ

 「のぉわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ≪ガダンッ≫


 「んごぉ!!」



 全身の筋肉に力が入り、その勢いで体が跳ね上がった。


 そして固い何かにひたいが激突し、再び仰向けになる。



 「うっ、ぐっ・・・」


 どうやら寝ていたらしい。


 痛みにもだえながら目を開くと視界は明るく、

陽が窓から差し込んでいた。


 『自分の部屋か・・・』


 言葉を確かめるように、

寝ていたカーペットの肌触りを手の甲で確認する。


 そよ風に揺れた紺色のカーテンも、

自室であることを裏付けるようにはためき、

存在を主張していた。


 ぶつかったのは部屋の座卓、

どうやら居間で寝ていたらしい。


 アパートは6畳のワンルームで

キッチン、お風呂、トイレは別。


 築年数はそこそこ経つが、

電車等交通のアクセスが近い為、

そこそこ気に入っている。


 頭を打った衝撃のせいか、

トラウマになった記憶に叩き起こされてか、

天井のシミがゆっくり動いて見えていた。



「朝、か・・・。」



 窓の外では鳥がさえずり、

車のエンジン達の行きう音が、

景気のいい時間帯だと絶えず教えてくる。


 『今、何時だ。スマホ・・・』


 時計は部屋に置いていない為、

時間はいつもスマホで確認している。


 ―――辺りにはない。


 『ポケットかな・・・』


 ―――ない。



 「おん?」



 このあいだもスマホを無くしかけていたが、

今回はそれ以上に基本的なものがない。



 服がないのだ。



  正しくは≪着ていない≫が正解だが、

「そんなことは今はいいでしょうよ」と

ポケットを探した際に、

触れたムスコが朝のご挨拶してきた。


 ムスコ他所よそに、

今度は胸ポケットを探すが、

胸ポケットどころが上も何も着ていない。



だ。


 正確には股間にタオルが一枚かけられていたが、

男版【ヴィーナスの誕生】のように自分の姿は裸同然だった。


 「俺は一体―――」

 「おはよう」


 不意に風呂場から人の声。


 「誰だ!?」と確認する間もなく

脱衣所から旭川奈桜が出てきた。


 仰向けだった為、下から見上げる角度。

最初に目が行ったのは彼女の顔より足だった。


 白いく細い素足と、スラリと伸びた太ももを

ぶかぶかのステテコパンツが隠す。


 タオルを両手で使い、

頭部を拭いている姿勢のせいで

ぶかぶか黒のTシャツの下からヘソとくびれが見えた。


 「お、おはよう・・・ございます」

 

 「起きたみたいだし、

洗濯機とドライヤー借りてもいいかしら?」


 「あ、どうぞ」


 自室だというのに堂々とした彼女の振る舞いに、

面をらい委縮いしゅくしたはこちらのほうだった。


 旭川は返事を確認すると、ドライヤーが大きな音を立てて起動する。


 小さな横顔に、なびく長い髪が、

最初に会った彼女の清爽せいそうなイメージを加速させた。


 いわゆる黒髪清楚系というやつだろう。


 飲み会でも淑女しゅくじょのように静かに話を聞いていたし、

飲み会から逃げるように去った自分に優しく声をかけてくれた。


 そして―――


 「うっ・・・」


 情報が混同しながらも全て思い出した。


 昨晩、彼女に道端で嘔吐され、

頭からそれを浴びたこと。

そのあと彼女が倒れたこと。


 その後、急いで近くの公園の水道で頭を洗い

彼女の元に戻り、タクシーで家に連れ帰ったこと。


 そして彼女を布団に寝かせ

自分は倒れ、その場に朝まで寝てしまったこと。


 走馬灯のように記憶が脳内で再生され、

服を着ていない理由だけは思い出せないまま、

一つの事実だけが残った。


それは【女の子を自宅に泊めた】という真実。


 実際のところは誰かに助けを求めたかったが、

スマホは壊れていた為、蒼汰達に連絡出来ず、


 彼女に連絡を取ってもらおうにも、

酔いつぶれて殆ど意識がなかった為、

第三者に助けてもらうことは叶わなかった。


 漫画喫茶に泊まらせようともしたが、

身分を証明出来るような状態ではない人間を、

店側は受け入れてくれなかった。


 つまり、彼女を泊めたとはいえど、

互い合意の上ではなかったのだ。


 その為、彼女に嫌悪されたり、

罵声でも浴びせられるのかと覚悟していたが

彼女はごく自然な対応に、呆気にとられてしまった。



 「言い遅れたけど、お風呂と着替え、借りたから」


 「お、おう・・・」


 

 『見覚えのある服はやはり自分のふくだったか』


 いつも着ている服でも、

他の誰かに着られると変な違和感を覚える。


 彼女は黒生地くろきじに【平和主義者】と、

白字で書かれたTシャツを着ていたのも、

違和感に拍車をかけていたのかもしれない。


 『それ、俺の寝間着なんだが・・・』


 ドライヤーを止め鏡を前に、

手櫛てぐしで髪をかす彼女の姿は

昨晩の事が全て嘘のように可憐かれんで、魅惑的に見えた。



 「お昼、どうするの?」

「あーいつもの学食で・・・ん?お昼?」



 昨日あれだけ帰りが遅かったというのに、

健やかな目覚めと日差しの明るさに、

ようやく違和感の根源を見つけた。


 「今・・・何時?」


 「12時半よ」


 旭川は脱衣所に置いていたスマホを確認してくれた。

その下に自分のスマホも見つけた。


 「12時!?わぁー遅刻だ!てかもう間に合わん・・

アラーム固定でしてるのにどうしたんだよぉ!」


 てっきり朝だと思っていた為、

驚きとショックの勢いで立ち上がり、

問い詰めるように自分のスマホを鷲掴みにした。



「あぁ!そうだ壊れたんだぁ・・・」



 画面は昨晩同様に、

蜘蛛の巣が張り巡らされたように割れており機能しない。

昨日に落として壊れたのを、

ど忘れする程に焦っていた。



 「そんなに大事な授業なの?」


 「超大事だよッ!

テスト前だから問題範囲が決まる。

だったから確認しときたかったにッ!」



 旭川は鏡越しに自身の髪を見つめ髪を直しながら問う。

一瞬だけこちらを見た気がした。



 「ショックなところ申し訳ないけど。

目の前にある先に確認してくれるかしら。」



 鏡越しに見える彼女はどことなく顔が赤く、

その後ろに全裸で仁王立ちする変態が一緒に写った。


 「す、すまんっ!」


 洗濯籠かごに入っていたタオルを、

慌てて拾い上げ股間を隠す。


 心の乱れを落ちつけようと、ため息をついたが―――



 「ぬッ!!」



 再び脳内に激震が走った。


 タオルを取った洗濯籠カゴの中に女性の下着が入っている。


 無造作に投げ込まれたであろうそれは

白を基調としたデザインに艶美えんびレースが施され、

男の部屋に全く似つかわしくない可愛らしさを放っていた。

そして何より細身の彼女にしてはサイズが大きい。


 カップがどのくらいか気になったが、それどころではなかった。


「ま、まずいッ」



 おそらく洗濯する前に、

タオルで見えないように隠していたのだろう。


 彼女の動きも完全に止まっていた。



 「それ・・・」


 「見てない見てない!何にも見てない!」


 「私が使ったタオルなんだけど・・・」


 「あ!え?」



 自分の下着を見られていることに、

気づいていない様子だったが、

彼女の顔はさらに真っ赤になった。


 前を隠したタオルから、

しっとりとした湿気と微熱を感じ始めた。


 目の前に薄服一枚だけの無防備な女性。

先程まで履いていたであろう純白の召し物。

女性が体を拭いたであろうタオルの熱。


 布越しに股間が「おはようッ」と

主張し始めるのも無理はなかった。



 「ごめん、他のタオル使ってもらっていいかしら?」



 彼女が辺りを探そうときょろきょろし始めた。



 「だー!ごめん!今戻します!」


 「え?」


 『俺が彼女のブラジャーを

見て生理現象が起こっていることがバレるのは避けねば!』


 彼女が洗濯籠に目を移す直前に、

咄嗟に股間を隠していたタオルを押し込んで

再び隠蔽いんぺいした。


 「この新しいタオル、使えば―――」

 「あ、やべッ、ちょっと待って!」


 棚に入っていたタオルを手渡そうとする彼女と

すっぽんぽんで向かい合ってしまった。


 それは初めて旭川奈桜の華奢な全身スタイルが見える距離。

そして初めて人様に見られたであろう、男の全身全霊フルボディ


 よくあるラブコメでは、

女性の全裸をうっかり見てしまう。

なんてラッキースケベなシチュエーションを見るが、

自分の場合は

どうやらそんな王道展開は許されないらしい。


 彼女は表情こそ変えないが

顔は林檎のように赤く染まり、

口はゆっくりと開いて今にも火を噴きそうだ。


 時に人は最悪な窮地状態時ピンチ

冷静にさを取り戻すことがある。


 例を挙げるならサッカー選手で言うところの、

極限状態ゾーンに入るというやつだろう。


 自分も人生の窮地に脳がフル回転し、

冷静な思考が出来るようになった。

 

 『そうだよな、息子よ、人と話すときは相手の方をよく見てってな。

常識だよな。マナーだよな。

立派に育って父さんもうれしいよ。

でももう、こんな立派な姿を見られて父さんお婿に行けないよ』


父性溢れる笑顔と、

薫風くんぷうを帯びた春風が

穏やに部屋の空気を包む。


そして


「・・・最っ低ね」


 ゴミを見るような冷ややかな視線と共に

持っていたドライヤーを思いっきり投げつけられ、

ものの見事に男の極限状態ゾーンにダイレクトシュートが決まった。



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