第12話 浮き足と継ぎ足し

 「ちょっと場所変えたいんだけど。立てそう?」



 思考が全く追いつかないまま、背後の電柱と同化してしまっていた。


 誰がどう見ても美人な女性が、

彼女いなかった歴=年齢の自分に話しかけてくれている。

それも飲み会の場でも、話せていないような男にだ。



「もしかして誰かに言われた・・・?」


 考えられるのはそれしかない。


 飲み会で≪介抱役≫という損な立ち回りを求められることがある。

飲み会というイベントを円満に終わらせるために、

誰一人最悪な結末にならないように、と気を配る 損な役。


 もしそうだとしたら最悪だ。


 自分もその役に回ることがあったが、

あれは友達だから付き合うわけであって、

女性が初対面の男性にするようなものではない。


 もしそんな面倒を誰から頼まれたりでもしたら、

それはもう罰ゲーム以外の何物でもない。


 

「言われてないわ、一言だけいいたいことがあって、

追いかけてきたんだけど、大丈夫かしら?。」


 「そ、そうなんだ。

俺は大丈夫!、全然大丈夫。

全然歩けるし、ちょっと休憩してただけ。」



 今日はとことんついてない日だ。

これだけ踏んだり蹴ったりな一日の最後に、

初対面の美人を巻き込むわけにはいかない。


 出来る限り笑顔で貞操を装ってみたが、

彼女はこちらの気遣いなど知ったことではないと言わんばかりに、

顔色一つ変えず、さらに一歩こちらに歩み寄ってきた。



「貴方が大丈夫でも、私は大丈夫じゃないわ。

・・・えっと、出来るだけ人が来なくて、暗いとこに行きたいんだけど。」


「ん?どういうこと?」



 会話がが噛み合ってない気がする。

なにやら様子がおかしい。


胸に手を当て、前かがみになった彼女は、

肩で息をしているのが分かる程、呼吸が乱れている。



 「自分でもわからない。こんな気持ち初めて。

もう、我慢できそうにない・・・」



 彼女は白く細い腕を鋭くこちらに伸ばし、背後の電柱を刺した。


 壁ドンならぬ、柱ドンに、

思わずドキリとしてしまった。


 清楚な姿から香るアルコールの匂い。

背後には電柱。


前と上からは、彼女の足と腕が覆うように伸びている。


 心も体も逃げ場がない。


 お酒とは良くも悪くも人の本性をさらけ出すという特性を持っている。らしい。 酒に強い弱いは個人差があれど、酒によって剥きだしになった本能は、

理性では抗う事は出来ないのだと

ネットの記事に書いてあったのを思い出した。


 迫りくる情報の中、脳内会議は結論を出した。


 『もしかして酔っぱらうと性に開放的になるタイプなのかも!?』



 「旭川さん。俺達初対面だよ!?まだそういうのは早いと思うけどッ」


 「初対面とかそういうの、今は、どうでもいい・・・」





 紅く熟れた唇から荒れた吐息が首にかかり、

彼女とアルコールの香りが一層強くなった。


 『や、やばいッ!』


 前かがみになった彼女のせいで、

襟の間から衣服を膨張させていた胸の谷間のほくろまで見えた。


 「もう、無理、出ちゃいそう・・・」


 「え・・・?」


 『いや、そのセリフはこちらのセリフでは?

女性にもそういうのがあるのだろうか』


 童貞の思考には限界があった。


 夜より深い黒髪が、透けるような白肌が、もだえた表情と

その涙ぐんだ瞳が、胸を締め付け熱くさせる。


 「綺麗な人って欲情してても可愛いんだな。紅い顔・・・いや、青?」


 信号機の赤が、青になった事に気づかなかった時のようにハッと我にかえった。



 次の瞬間。






 彼女の口から思いっきりは出た。


 そして溢れた。




 それはシンガポールのマーライオン像のように迷いなく。

そして降り注ぐシャンパンシャワーのように盛大に。



 色鮮やかなと呼ぶには、あまりに色に失礼なが頭上から降り注ぐ。


 電柱を背にしゃがんでいた為に、避けるという選択肢はあるわけもなく

その選択を許す時間もなく。


 俺は頭から全てを被った。


 洗顔CMのワンシーンのように、

はたまた、坊さんが滝修行をするかのように。


 彼女への敬愛の念も、憧憬しょうけいの想いも、

一緒にアスファルトへと流れ落ち煩悩は一瞬で消え去った。


 そして夏の土砂降りの雨のように、

その豪雨はぴたりと止んだ。


 辺りに漂う最悪の香り。


 何処どこからかばえばばいいのか、何から拭けばいいのか

頭の中は完全にショートし、

彼女の口から何が出るのかを、待つことしか出来なくなってなっていた。


 

 暫く間が開いた後、

年頃の少女のような恥ずかしそうな表情で誤魔化すように

長い黒髪を耳にかけると、その口を開いた。



「えっと、あの・・・いっぱい出たね」




最悪が音を立てて始まった気がした。










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