第11話 空っぽの器

 その後のことは、ほとんど覚えていない。

体が抜け殻にでもなったかのように、誰の話も頭に入ってこなかった。


 周りに変な心配させまいと、話に混ざってはみたが、

ゼンマイ式のおもちゃのように、勢いがあるのは始めだけ。


 すぐに会話の勢いが失速し、やがて相槌だけになり、

最後は黙ったままぼーっとほうけてしまう。


 そして場の空気を悪くしないようにと、また我に返りの繰り返し。


 結局最後まで気持ちの整理もつかないまま、飲み会は終わりを迎え

何にも身に入らないまま店の外を出ることになった。



 「おいおい!どうしたんだよい!。大丈夫かよいっ?」



 店の外に出て早々、蒼汰が肩を組んで来ると

集団の外に強引に連れ出される。



 「なんだよ酔っ払い。介抱はせんぞ」


 「介抱が必要なのはお前だろぉよい!

どうしたっ!そのテンションは!」


 

 酒臭さに顔をそむけながら厄介払いをするが、

泥酔しながらも心配してくる蒼汰は、やはりいいやつだと思った。



 「ちょっと酔っぱらってるだけだ。すまないが家に帰りたい。」



 お酒で上機嫌の蒼汰だったが、気兼ねしている自分を見かねたのだろう。

申し訳ない気持ちが沸々ふつふついてくる。



 「まじか!俺達は彩愛先輩たちと二次会に行くぞ!?

一緒に来ないのか?」


「先輩?やっぱり年上か」


「飲みながら話してたろ!一個上だよ」



 飲み会の内容は覚えていなかったが、

大人の余裕みたいなものを感じていた為、合点がてんがいった。



 「よく二次会まで話を進められたな。」


 「それがよぉ、あのクールビューティな彩愛先輩。

押しに弱いのかメチャクチャ頼んだら、みんな行くならって言ってくれてさ。

でもお前が体調不良なら、一人にはさせらんないし今日は解散に―――」

 「俺のことはいいから、みんなで行ってきなよ」



 会計を済まし入口にたむろするメンバーの方を蒼汰と一緒に見る。


 

「俺は一人で帰れるし、これ以上みんなに迷惑かけられん。

せっかくのチャンスだ、ものにしてこい!」


 

 組んできた腕を振りほどき、

代わりに談笑している山下達めがけて背中を叩いた。


 『今日はたぶん何をしても上手くいかないだろう。』


 ネガティブを振り切り、

世界の終焉に飲まれたような気分に、変な笑いすら起きてしまいそうだ。


 それならいっそのこと、

目の前で幸せを掴もうとしているやつを笑って送り出してやるべきだ。



 「柴崎くんだっけ、大丈夫?酔っちゃった?」



 男二人のやり取りを見かねてか、柴彩愛が訪ねてきた。


 夜の街に溶ける褐色肌と黒髪に繁華街の光を受け、

鋭く光る瞳は風雅ふうがすら漂わせる。



 「やーぜんぜん大丈夫です!。俺お酒弱いんすよね!

でも今日は大事をとって先にかえろっかな!。カラオケで吐いたら大変だし!」



 「そっか、柴崎君って私と≪柴≫繋がりじゃん?

席遠くてあんまり話せなかったから、いい機会だと思ったんだけど。

・・・一人で帰れそう?」



 まるで女の子を扱うような、優しい口調でこちらの表情をうかがってくる。

端正な顔立ちをしているが美男子にも見えるほど凛々しい。



 「うち大学のすぐ横でから全然大丈夫です、それじゃあこれで!」



 みんなに軽く頭を下げて、繁華街を足早に去った。

これ以上心配されてしまうと、

自分の恥ずかしさに、また涙が出てしまいそうだったからだ。



「ホント最低だな、俺・・・」



 蒼汰が励まし?の飲み会を用意してくれて、

性格も良さそうな子たちばかりだったというのに。


 自分ときたら、元カノ引きずってまともに会話も出来ず、

蒼汰達のフォローも出来てない。


 挙句の果てにあんなノリの悪い帰り方して。

未練たらたらなのも、情けない。本当に気持ち悪い。


 お酒のせいか、精神的なものか、

それとも最近まともにご飯もてべてなかった胃袋に食べ物を入れたせいなのか


 とうとう体調にも気持ち悪さが表れ、

帰路の道半みちなかば、繁華街はずれの電柱に崩れ落ちるように座り込み、



 そして嘔吐した。


 咽び泣くように、力の限り吐き出した。


 遠くで賑わう声も、店の騒音ですら、わずらわしい。




だが電柱の冷たい石の感覚がひたいに伝わり、

目を閉じると、周りからどう見られているか、

人の邪魔になっていないか、

なんて気持ちはどうでも良くなっていた。


 『道端に吐く奴なんてロクな奴じゃないって思ってたけど

これじゃ人の事言えないな』



 しばらくして呼吸が落ち着きを取り戻し、思考が回復する。


 再び目を開くと、街灯が落とす自分の影にもう一人ピタッと止まっている影を

自分の足の隙間から見つけた。


 『酔っ払いかと思われて親切な通行人でも来たか

それとも野次馬か、どうでもいい』


 見たければ勝手に見て、笑うなり、

明日の励みにするなり好きにすればいい。

 

 だからどうか構わないで欲しい。



 「大丈夫?何か―――」

 「放っといて大丈夫です。ちょっと飲みすぎちゃって、家もすぐなんで。」



 お決まりの心配文句。

声色から女性なのはすぐ分かったが、繁華街の喧騒によく聞こえない。



 「ずっと辛そうにしていたけど、無理しないほうがいい。

吐けるときは吐いたほうがいいと思う。」


 

 声が近くなった。すぐ後ろまで来ている。


 先程までどうでも良くなっていたが、冷静さを取り戻した今、

吐いたもの、吐いてる自分の姿を近くで見られるのは避けたい。


 『せめて吐いたものだけでも見られたくない』


 羞恥心が体を振り返させた。



 「・・・旭川、さん?」


 

 そこには先ほどの服装と同じ、

白のコールドショルダーに紺のプリーツスカートに身を纏い、

街灯に群がる羽虫を、片手で払う旭川奈桜の姿があった。


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