第6話 酒と提灯


「そうそう!それでさ美里ったら先輩の前でぇ」




 都心はすっかり昼の姿から夜の姿へと変わり、

どのビルからも白い光が溢れ規則的に並んだ粒が夜をいろどる。


 完全個室と幅広いメニューが自慢のこの居酒屋も例に漏れず

今日も変わらず満室の夜を迎えていた。



 「あ、サラダおかわりしますか?」



 店内の明かりは全て間接照明が使われ、

明るすぎずムーディーな雰囲気に包まれている。



 『蒼汰って時々センス良い時があるよなぁ』



 飲み会の場所もそうだが、買い物に付きあった時も

行く店、買う店は奇抜なものではなく

シンプルかつ実用的な店や物が多かったのを思い出した。



『もの選びがいいと人脈が広がって、いろんな人と飲み会したりするのかな。』



 一度は憧れたことのある≪大学の中心的存在の立ち位置≫

だがそんなものはドラマや漫画の世界だけだと1年目でわかった。

都内でも圧倒的人数と規模を誇る大学だ、よほどのコミュニケーション能力か

容姿が整っていない限り、人の目につくことすら無いのだ。


 半分ほど飲んだジョッキの汗を親指でなぞる。

冷たく、無機質なガラス。



『自分の心もこんな風になれたらどれだけ楽だろう』



またセンチメンタルな感情が降って湧いた。



「あの?大丈夫?」



  全員の視線がこっちを向いていたことに気づき思わずハッとした。



「えっと・・・サラダ・・・」



 斜め向かいの席に座っていた女の子が立ち膝で、

トングを片手にサラダボウルを受け取ろうと手を伸ばしていた。



「あ、あぁ!ありがとう、えっと君は・・・」


「もー!篠原美穂!一回で覚えてくださいよー」



 眉間にしわを寄せ頬を膨らませながらも最後は笑ってサラダをよそってくれた彼女


―――篠原美穂しのはらみほ

栗色のミディアムヘアを内側に巻いた毛先が、彼女のふんわりとした物腰によく似合っている。


 篠原は一通りみんなのお皿やグラスに空きがないか見渡すと

河野が自慢気に語る都市伝説の話に混ざっていく。


 隣で篠原と一緒に笑っている茶色のボブヘアの女性は―――櫻井美里さくらいみさと

どうやら同じ文学を専攻しているらしく、会話の内容によく相槌を互いに打っている。


 数分前に乾杯と自己紹介を済ませたばかりだが、

話の内容は右から左に抜けていた。


 ただそんな放心的な状態でも気になることが一つある。


自分の目の前に座る彼女―――旭川奈桜あさひかわなおの存在だ。


 彼女はそう名乗った。


 それ以外には、

「今夜は宜しくお願いします。頑張ります。」

とだけ挨拶を残しただけ。それが印象に残っている。


 『いったい何を頑張るのだろうか。』


 蒼汰が出会いの場を提供してやると言っていたのを考えると

女性陣も出会いを求めて来ているのではと判断したが、

どうも不思議な感じだ。


 他の子達は皆、箸で揚げ物を挟み、談笑も挟んでいる。

もし、奢ってもらうだけが目的ならもっと高い店を選ぶだろうし。

友達欲しさだけなら酒を飲む場所を選ぶ必要なんてないと思ったからだ。


 だが彼女あさひかわは違った。

会話に全く混ざろうとしていない上に、箸に手を付けていない。

しかし会話は聞いているのだ。

話す山下や河野の目も見ているのだが、相槌も愛想笑いもしない。


 『ケータイでもいじっているのか』


 男性陣、女性陣の他愛もない話を聞いては下を向いて何かをしている。


 とても気になるが、座敷の席でテーブルの下を見ることは不可能だ。

女性陣はスカートが三人、下を覗く行為は万死に値するだろう。



「超かわいいよな。でも話すのが苦手な子なのかもな」



 心の声を代弁するかのように隣から小声で山下が耳打ちしてきた。


 最初は自分もそう思った。

でも真剣に話を聞いているし、その会話で毎回こちらの反応に視線を向けている。

なんだか観察され、記録でもつけられている気分だ。


 『人間観察かぁ』


自分も影響されるたように周りに旭川以外の女性を再び確認すると、

一番最初に入ってきた褐色肌の女性と目が合った。


―――しば彩愛あやめ 


 一番最初に自己紹介をしたクロヒョウのような、カッコいいイメージの彼女。

こちらと目が合った瞬間、眉毛を少し上げニコリと笑ってくれた。


 自己紹介の時に言っていたが

蒼汰とはスポーツ系のサークルの打ち上げで知り合ったらしく、

今回の飲みの場も彼女と蒼汰で企画してくれたらしい。



 「蒼汰君とスポーツの話で盛り上がった時にさ、

飲み会でまた語ろうってなったんだよね。」



と話していたが

蒼汰が運動出来るなんて話は聞いたことないし、

二年間一緒にいて一度もスポーツの話題なんて出たことがなかったから、

その話を聞いた時は少し驚いた。


 柴はあいさつの最後に



 「今日は楽しく飲むために来たから、変なレクリエーションとか無しで、

会計も折半。寒いノリは無し、二次会はするなら参加自由で」



と自己紹介を締めくくっていた。


 彼女はこの場に出会いなど求めていないことがなんとなく理解できた。

おそらく蒼汰と同じく、他三人に出会いの場を提供しようという立場なのだろう。


 服装がアウトドアなスポーツウェアで、

周りの女性陣から少し浮いているのが何よりの証拠だ。


 『綺麗な人ばっかりで他の連中がこの飲み会を見たら

さぞかしうらやましがるだろうな』


 きっと自分に、今思う過去が無ければ、

舞い上がって机の下で手に汗握りガッツポーズをしていたかもしれない。


これだけ楽しそうな場所にいるのに、他人事のように思えてしまった。



 「そんなことより、ほら!」



 続けざまに山下は小声でまくしたて、肘で小突いてきた。

あごで目の前の箸置きを指示する。


兎のまん丸おめめと目が合った。


 『完全に忘れていた!!!うさちゃん大作戦オペレーションラビット!!』



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