第24話

 あくる日。

 僕は、那由多の家に行くことにした。

 事前に、彼に言っているわけではない。

 突然訪問するほうがふさわしいと思ったのだ。


 セミが鳴いている。入道雲があふれている。

 視界が乳白色に染まって、アスファルトはべたべたしている。

 そこに刻印された、あの日の彼の足跡をたどって、僕は一人、電車に乗り込む。

 揺れながら、追想を重ねて、思う。

 そうだ――疑うわけじゃないし、糾弾するわけでもない。

 ただ、君と僕が進んでいくための行動だ。


 だから、駅に降り立って、彼の幻影を、真夏の雑草の境目、ひびわれた地面の上で遊ぶその幻影を追いかけて、シャツを汗でびっしょり濡らしながら進んでいるときも、僕はおそれなかった。


 おそれることがあるとすれば――僕自身の覚悟が、足りているかどうかの不安だけだった。


 辿り着く。

 彼の集合住宅だ。

 遠くから見ると、あまりにも巨大で、遠近感を失う。

 むかしのSF映画に出てくる構造物のようにも見える。

 それはひっそりと静まり返っており、人の気配を感じない。

 一瞬気圧されるが、あらためて、踏み出す。

 反響する足音にも負けず、彼の部屋に向かう。


 インターホンを押す。

 反応がない。

 ためしに、ドアをさわってみる。

 開いた。

 僕をいざなうように、それは内部をあらわにした。



 薄暗い部屋。

 静かなものだ。遠くで工事の音がわずかに聞こえるぐらいで、部屋のなかは、あの日と変わっていなかった。

 鍵が開いていたとはいえ、事実上の不法侵入を果たした事実が、心臓を鼓動させる。

 あかりをつけることもためらって、そのまま内部を探索する。

 そう、やはりあの日のまま。本棚も、何もかも。

 だが、ひとつ。

 違うところがあった。


 床に、工具が散らばっていた。

 近くにビニール袋の残骸。

 どくん。一段階、鼓動が激しくなる。

 あの、コンビニの時の、ものだ。


 ペンチ。きり。ニッパー。ハサミ。カッター。

 それらすべては、ぎらりと外の光を反射する金属部分を剥き出しにして放置されていた。

 開封済み、ひょっとすると、使用済み。

 なぜ、なぜ、なぜ。

 那由多。君は一体、これらで何をしようとしていた、いや……「何をしている」?


 僕はその時、床の一部に、異なる感触をおぼえた。

 足をはがすと、そこには取っ手がついていた。

 地下の、入り口。


「那由多……君は一体」


 引き返すなら今だ。お前はいま、よくないことをしている――。


「サコタじゃん。なにを見たんだ?」


 ……いちばん、聞きたくない声がした。

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