第22話
夕暮れ。何日目かの。
もはや空の色だけでは判別できない。
ほんのりと風が漂ってくることをたよりにしないと、いつまでも白昼夢のなかだ。
僕は、「友人」たちと一緒に、コンビニの裏に居る。
行儀の悪いもので、アイスクリームをたべながら、別の友人を待っていた。
彼は毎日をアルバイトに費やしている。むろん学校には秘密だ。そんな彼は、僕らの間では、ちょっとした英雄になっていた。
まるで、一足先に、大人になったような。
「暑すぎね、マジ。おかしいだろ」
「なんで気付かなかったんだよ」
「いや、なんか。自分だけじゃ分かんないって」
気楽な会話。そうしているうち、バイトを終えた友人が合流してきた。
「おう、稼いできたか」
「そりゃあもう。海外に高飛びだ」
「二度と帰ってくんなよ」
明確に終わりがあるのに、そうは感じられない、融けたような時間。
その中で僕たちは、うつろう雲の模様を眺めながら、話している。
「あのさ。スマホニュース、やってんべ」
「何がだよ。もうパンダはいいって」
「いやちがくて。ほら。また出たっしょ、話。『宇宙人』」
ぼんやりと思い出す。
本屋の店頭に並ぶ、ヒステリックな文言。
――あなたのすぐそばにいる。
だが、仮に居たとしてどうなるというのか。
何かが劇的に変わるというのは、良い場合でも悪い場合でもとにかく、希望的観測に過ぎる。
大抵の、場合は。
「どう思うよ、居ると思う。侵略的宇宙人」
「居たらもうおしまいだよ、おしまい」
「お前に聞いてねえって……なぁ、」
ふいに、名前を呼ばれる。
僕はしばらく考えて、答えた。
「わから、ない」
……思考停止ではない。本当に、そう答えるのが、正解な気がしたのだ。
ウィトゲンシュタインではないけれど。
「なーんだよ、つまんね」
友人たちは笑う。
笑ってくれる、この暑い空の下で。
と、不意、に。
空気が、かわった。
「あれ、サコタじゃん」
声。
僕をその名で、その言い回しで呼ぶ奴。
一人しか、知らない。
咄嗟に背中が冷たくなって。
見ると―ー那由多がいる。
ホームセンターのロゴが入ったビニール袋を手に持って、相変わらず夏用の制服を着たままにしている。
彼は彼らを見て、それから僕を見たのだった。
「あれ、水城じゃん。どこ行ってた」
「ちょっとホムセン。買うもんあってさ」
なにげない会話。
僕はその時、僕と彼の間にこれまで入り込んでこなかった世界が、不意に彼の目の前に曝け出されたのを感じた。
しかし彼はまるで動じず、その相手をしていた。
わずかな、違和。
僕は、気付けば彼らの少し後ろに引っ込んでいた。
なぜだ、なぜ逃げる、そんなことする必要はないのに、なぜ……。
那由多は僕の「友人」たちと談笑していた。そのアイスくれよ、バカ、自分で買えよ。
そのまま、僕が居ながら、僕が関係なく話が進んで、別れることが一番「穏便」だと、どこかでそう思っていた。
「穏便」? 何に、対して?
「おい」
だが。声。
「サコタ」
僕を呼んでいる、呼びつけている。
一瞬で、空気が静まり返り。彼らは僕の壁になることをやめた。
視線が交差し、そのあと、僕に降りかかる。
彼が、進み出ていた。
友人たちをかきわけるようにして。
こちらを見ていた。
表情の抜け落ちた仮面。
あの時の、夕暮れ。
フクロムシ。
腕が伸びる。つかむ。
きっと、気のせいだったと思う。
だけどその時、彼は僕に対して、言ったように思った。
――うらぎりもの。
直後、ぎゃっという悲鳴が聞こえて、時間が戻ってきた。
振り返ると、友人の一人がうずくまっている。
腕に切り傷、血が流れている。
その時僕の目の前から那由多は離れて、彼に駆け寄った。
彼の持っていたビニール袋からカッターナイフがどういうわけかむき出しの状態で飛び出していて、それに当たったということ。
にわかには信じがたいがそうらしかった。動揺する周囲、何度も謝っている那由多。あわてて救急車を呼ぼうとする別の友人。
それを止めたのは怪我をした本人だった。ティッシュとハンカチでぐるぐる巻きにして、そのまま帰るはこびに。ひとり付き添いで。
何度も那由多は謝ってついていこうとしたが、本人は、気にしてないよ、事故だろ、とだけ言った。
あっという間、まさに一瞬。
その場は、そこで解散にならざるを得なかった。
僕らがどのタイミングで互いに別れを切り出したのかはわからない。
とにかく僕と那由多は、その日、それ以上会話をしなかったと思う。
コンビニの駐車場にしたたりおちている、茶色の血痕。
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