8月

第21話

 けっきょく、あの日以降に僕が見たものは幻だったのか、分からない。

 とにかく八月は狂った季節だということは確かだ。

 そして、そのなかで何をやろうとも狂気が保障してくれると思った。

 だから僕は、那由多と離れることはなかった。


 僕たち二人はいろんなところへ出かけた。

 見たこともないような読んだこともないような本を、古本市を冷かして大量に買い込んだり、山に出かけたり。

 知らない自販機を見つけるためだけに、遠くの街に繰り出したりもした。


「なんだろうな、これ、高校生、やることなのかな、ははは」


 それは那由多にだけこもっていた特別な感慨で、僕たちだけの世界がある、ということを仄めかし、誇りにしている言葉だった。

 だけど僕は、彼に黙って、裏切り行為を重ねていた。

 


 ひとつ言い訳をしておくと、その頃は裏切りだなんて思っちゃいなかった。

 何度も言うが、相手にあこがれることは、相手になることだ。


 だから僕は、僕の世界を押し広げて、そこに、(那由多以外の)他者を招き入れることを、ようやく、よしとした。


 つまりは、友人だ。

 僕には友人ができた。

 一緒に話して、帰宅して、カラオケに行ったり、ファミレスに行ったりするような間柄のことを世間ではそう呼ぶ。

 知らないうちにできていた。


 僕は僕たちになり、那由多と会わない日は、彼らと会った。

 別に、やましいことをしているわけではない。

 彼と彼らはべつものだ。互いに干渉しあうわけでは断じてない。


 ……ここまで考えて、僕は少し立ち止まる。

 僕は、何をおそれている。

 何に対して、申し訳なく思っている……?


 ――那由多。

 ――なんだよ。

 ――君って、どれだけ友達いるんだっけ。

 ――忘れた。数えてない。

 ――だよな。

 ――なんだよ。

 ――なんでもないよ。

 ――なんだよ、気になるじゃねぇか。

 ――なんでもないったら。


 僕の傍らで、彼が笑う。

 知っているのか。

 僕の「友人」のことを。


 そうだ、僕は、彼に嘘をついているわけでもないのに、そうしている気にさせられている。後ろめたいきもち。

 彼だって僕にかつて、同じ思いをさせていたというのに。


 ――世界を、二人じめに。


 ……君が言ったことじゃないか。

 僕は裏切らないよ。ぜったいに。


 セミの声が、うるさくひびく。

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