第15話

 夕食の席を囲んでいる。

 僕らの間に会話はない。それができるほど、皆元気ではない。

 逆に言えば、沈黙が苦痛ではない、ということなのかもしれない。

 だが、僕にとって、この時間は好きではない。

 自分の置き場所が、わからなくなるからだ。


 がちゃがちゃと、皿が鳴る。

 母はせわしなく、父は俯きながら、ジャージ姿のままゆっくりと食べている。

 弟は、イヤホンを耳にさしたまま、スマホをいじりながら食べている。


「食事中くらい……」


 僕は注意しようとした。兄として、いささかの威厳を込めて。

 しかし、出来なかった。

 こわかったのだ。

 いまや、弟のほうが背が高い。


 ――それは、僕の無力。

 いらだちがつのる。


 那由多に会いたい。

 それが、原動力となった。


 

 しかし、水城那由多という男のことを、僕は侮っていた。

 彼の放つ、ひとつの、異様な魅力を。

 誰も彼もをひきつけてしまう、透明な魔性を。


 僕は週末の時間を彼と出かけたり、色々なことをするために確保しようと動いた。

 だが。


「あー、すまない。その日は〇〇と遊びに行く予定ある」


「ごめんな。その日も駄目だ」


「あー、そこは法事だ」


 僕は甘かった。侮っていた。

 彼はまだ僕のものではなかった。

 僕の知らない彼は分裂してさまざまな顔を持ち、それぞれの場所それぞれの時間で、違った彼になる。

 そこに僕は居ないのだ。

 だから余計に僕は、彼を捕まえなくちゃならないのだった。


 僕は必死になった。

 似合わないのに駆けまわり、彼の好みそうなアプローチを考えて、必死に。

 だけど、それもうまくいかない。


 フラストレーションがたまっていく。


 父は体調を崩している。夏場ゆえか。関係ないのか。

 僕の使える時間だって、有限じゃあない。

 ということは、なりふり構っていられないということだ。

 僕は。

 正直になった。


 夕刻。

 彼を教室で、あえて一人にした。

 いつもなら一緒の僕がいない。

 ……そのまま、戸惑え。まわりをみわたしてこんわくしろぼくがいないことをこころぼそくおもってなさけないこえをだせ――……。


「まぁいいか、帰ろ――」

「待てよっ」


 彼の腕を掴んで引き寄せて胸に手を当てさせて、その瞬間だけ空気がふわっとして、彼の髪がなびいて、少し驚いた顔になって。


「僕を見ろ」

「な、お前……」

「いい加減にしろよ。じらしすぎだ」

「なんで、そんなに必死なんだ」


 僕は更に腕を引き寄せた。

 そのまま、しずみこんでしまえばいいのに。


「君のせいだ。君が僕をこうした。だから、君には責任がある」

「何を――」


 変わるのは。

 きっと彼だけじゃない。

 それは僕もだ。僕は血を噴き出して、前に進んだ。


「僕から逃げるな、水城那由多」

「……――」

 

 彼の首筋に、その細い、小麦のにおいの首筋に手を当てて、そのまま絞め殺してしまうこともたやすいような、覆いかぶさるような姿勢の状態で、僕は耳元で告げた。

 それは死刑宣告だ。だから君は、動けない。

 ……ただ、首を小さく、縦に振っただけだ。


 それで、じゅうぶんだ。


 僕は満足した。

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