第14話

 任務、開始。

 夏は一秒ごとに狂態へと近づいていく。

 あらゆるものが落ち着きをなくしていく季節だ。

 ならば僕らもそうすべきだろう。


 僕はまず、那由多を本屋に誘った。

 聞けば、案の定だ。言ったことない、と。

 じゃあ本棚の奴は何なんだ、と聞くと彼は、「聞かないほうがいい」と言った。

 僕は答えない。

 でも、それが何よりの答えだったから。


 僕は放課後、彼の手を掴んで言った。


「明日。駅前に11時に集合だ。僕が行ってる大型書店に連れていくからな」


 これで逃げられない。でもそれでよかった。

 彼が少し気圧され気味になっているのが心地よかった。


 彼は逃げずにやってきた。

 服は……なるほど、「予想通り」だ。

 制服のままだった。

 そうだ、それでこそ那由多だ。僕は自分の想像の埒内に彼がいることを喜んだ。


「お前、なんでにやついてんだ。きしょいぞ」

「うるさいな。行くぞ」


 そして僕たちは、一駅先のショッピングモールのなかにある、大型書店に向かった。


 僕が本屋を好きなのは、その在り方が、僕の生き方にピッタリ符合しているからだ。

 僕の振る舞いだけをうわべでなぞれば、大きなチェーン店よりも、古びた個人経営の店の方が「それらしい」と思われるかもしれないが、実態は違う。

 そういう店では僕は孤独ではいられないし、もし自分の手に取っている本が、店主に見られていて、なんらかの感慨を抱かれていたりしたらと思うとぞっとするし、なんだか落ち着かなくなる。

 大型店舗にはそれがない。

 立ち読みをする連中は互いに孤独だし、かといって孤独になりすぎず、同じ本の分類に立っている連中とはわずかな連帯感で結ばれることだってできる。

 どうしても手に入れられない希少な本は、そもそもネットで買えばいいのだ。僕は世捨て人にはなれそうにない。

 というわけで、僕の案内が始まった。


 どうも彼は、本当に本屋なるものにやってきたことがないらしい。

 上記の旨を、各コーナーを歩きながら説明していても、ずっと呆けた顔をしていた。

 なにをすればいいか、わからない。

 そんな顔だった。


 そこで僕は彼に課題を課した。

 一冊、買ってみること。

 自分自身の欲求と、向き合ってみること。


「そんなの、おれには……」

「ないなんて、言わせないぞ。どこまでも透明になろうったって、そうはいかない。僕を選んだのだって、君の欲求だ。君はどこまでいっても人間だ」


 すると彼は、しばし考えたあと。

 ……少しだけ歯を見せて、笑って頷いた。


 周囲がざわざわとしているように見えた。

 ……僕らは、通路の真ん中でそんなやりとりをしていたらしかった。

 一瞬で、顔が真っ赤になる。


「もうちょっと、やってみるか? ふたりで」

「バカ、言うな」


 ちょっとだけ、アリだな、と思ったのは内緒で。

 僕は文庫本コーナーにとどまって、彼を解き放った。


 彼を待つあいだ。

 僕は棚をながめる。

 一冊一冊に物語がある。

 世捨て人のような風貌の男が近くに居て、海外文学を物色したあと、ため息をついて、どこかにいった。

 おわりのかたちはいたるところにころがっている。

 僕らは、どこまで耐えられるのだろう。

 あと何年。

 あと何秒――……。


 しばらくして。

 彼はそれを、両手でだいじそうにかかえて、あらわれた。

 選んだのは、大きなサイズの「生き物図鑑」。

 僕からしても、よみごたえがありそうなものだった。


「素直になることにしたよ。おれも……いろいろ、知りたい。お前といっしょに」


 彼の眉がちょっと困ったようになって、頬が少し桃色に染まるさまが、瞳に焼き付いて、たまらなかった。


 会計を済ませる。

 そのお金はどこから、というのは聞かなかった。

 僕は彼を引っ張って、本屋を出た。

 

 店先にならんだゴシップ雑誌が、今年何度目かの、この国の終わりについて叫んでいる。

 


 ――宇宙人は、あなたのすぐそばにいる!

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