第2話 朋よやすらかに

 言問橋ことといばしを過ぎたところに、千羽鶴が飾られた石碑がある。東京大空襲の被災者を仮埋葬した地であることを祈念した『戦災により亡くなられた方々の碑』だ。

 『あゝ 東京大空襲 ともよやすらかに』という碑文が書かれた石碑の前には、花やペットボトルの水が供えられている。四人は無言で手を合わせた。


 碑を離れた四人は、言問橋近くにある「展望広場」でトイレ休憩をかねて立ち止まった。周央すおうがエコバッグに入れていたペットボトルのお茶を取り出す。

「やっぱりあの碑の前では飲みにくい。火に追われて大勢の方が亡くなられた場所だしな」

 周央はそう言うとお茶を口に含んだ。

柳子りゅうこ海桐かいどう義兄にいさんの両親も、たかし義兄にいさんの家族も、あれから行方知れず。おふくろの遺体が見つかったのは本当に幸運だった」

 康史郎こうしろうのつぶやきに椿つばきが答える。

「ええ。母の姉も5月の空襲で亡くなってますし。父からも『祖父はひいおばあさんを背負って火の中を必死に逃げたそうだ』と聞きました」

 お茶をしまいながら周央が語り出した。

「親父は空襲で孤児になってずいぶん苦労したらしいが、店を開く前の話はほとんどしなかった。妹の柳子さんのことも含め、横澤よこざわさんの回想ノートを読んで初めて知ったことがたくさんあったよ。本当にありがとう」

「そう言ってもらえると書いた甲斐があったな」

 康史郎は目を細めた。


「そうそう、ノートと言えば、いいニュースがあるんですよ」

 梨里子りりこは康史郎の脇に並ぶとささやきかける。

「『厩橋うまやばしお祭り食堂 誕生篇』の映画公開が決定しました。これも横澤さんのご協力のお陰です」

「おお、ついにか」

 康史郎は思わず声を上げ、周りの人々が振り向いた。梨里子は何事もなかったかのように話を続ける。

「まだ予告は出てませんけれど、映画館にチラシがあるかもしれないから探してくるってパパが言ってましたよ」

「梨里子が征一せいいちおじいさんの食堂の話をマンガにして、それがドラマになって評判になり、今度は食堂が出来るまでが映画になる。夢のような話ね」

 椿がしみじみと言った。康史郎もうなずく。

「ドラマには出なかった、かつら姉さんや隆義兄さんの活躍が見られるんだからな。楽しみだよ」

「あら、横澤さんや征一おじいさんの子ども時代も見られるんでしょ」

 椿の言うとおり、康史郎の回想ノート『柳緑花紅りゅうりょくかこう』や梨里子の両親から聞いた当時の思い出を元に、『うまや橋食堂』誕生までの物語を描いたのがマンガ『厩橋お祭り食堂 誕生篇』だ。映画は令和4年夏に深夜ドラマで放送された『厩橋お祭り食堂』のスピンオフ作品になる。

「マンガでは横川よこかわ桂子けいこ康司こうじ四条しじょうやすしまつり啓一けいいちですけどね。靖さんの名前は空襲で亡くなられた弟さんのお名前を使わせていただきました」

「残念だが生きているのはもうわし一人だからな。いい供養になるだろう」

 梨里子の説明に康史郎が満足そうにうなずいた。

「では、休憩が済んだら川を渡ろうか」

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