赤い実は魅惑的な味

「果物?今回は果物なのか……ふーん」


 自分の出番はなさそうだなとヴァンはつまらさそうに呟く。


「単なる赤い実だと思ってるでしょう!?……それがすごく美味しいらしいわ。でも栽培している果樹園の気にいられた人にしか売らないと決めてて、なかなか販売できないらしいわ」


 気難しそうな人の予感。それに今回は未来を視たわけではない。商工会の依頼を受けてきている。どう農場主と交渉すればいいのか、行ってみないとわからない。


「美味しいのか。それは興味あるな」


「あま~いものなら興味あるなー」


『ロキ!』


 使い魔が唐突に戻ってきた。ロキは私に頼まれた物の各国の値段やお店の在庫、世間で噂になっていることなどを報告していく。


「へー、それがロキの仕事なのか」


「そうだよー。めちゃくちゃ大変だし、忙しいんだよ。こんなにこき使う主人だとは思わなかったよ!」


 文句言わなーいと、私はロキからもらった情報を整理するために紙にメモをする。


「シロモジャネコ、一緒に果樹園に行く?甘くてジューシーなフルーツで……」


 行く!とロキは私の腕の中にシュッと素早くおさまる。食べることとなると判断が早い。


 私とロキ、ヴァンは果樹園の入り口へと歩いて行った。


「ここか?」

   

 木の柵でグルッと囲ってある。中は赤い実が重たそうに木々に実ってきて、かすかに甘い香りがしてくる。


「一応……連絡はしてあるんだけど」


 ……と、私が言うと、ドスドスと現れたのは体格のいい熊のような人だった。


「レッドルビーは売らないぞっ!勝手に親父が商人に来て良いとか許可出しやがってーっ!」


 ヴァンをギロッと睨む。なんだよ?と睨み返そうとしたヴァンの顔に慌てて、私は手に持っていた地図を顔面に叩きつけた。イテッと言っているのは無視しておこう。


「商人なのは私です!最強のバイヤー!アリシア=ルイスです」


「そういや聞いたこと………ねぇよっ!!」


 あ、そう………。私は一瞬、ちょっとしょんぼりした。いや、テンションが下がってどうする!


「この果樹園で作られているレッドルビーと言われる赤い実のフルーツが美味しいと噂を聞きつけてきました。ぜひ扱わせてくれませんか?」


「なんで、こんな小娘にっ!あのフルーツの良さが、わかるわけねーだろっ!帰れ!」


 怒鳴られる。うーむ、どう切り崩していこうかな?ロキが早く味見してみたーいと私の耳元でワクワクしているが……。


「キャー!イケメンさーんじゃない!女の子って聞いてたのに!」


 いきなり高い声がした!熊のような農業主はマズイ!と焦りだした。ぽっちゃり系の女の人で、頭には頭巾を被り、エプロンをし、籠にはレッドルビーを持っている。


「妻のマリンです!素敵すぎる!その黒い目で見てほしいーっ!」


 ヴァンに釘付けだ。私なんて目に入ってない。


「おまえ!俺というものがありながらっ!他の男に歓声をあげるなよ!」


 フンッと鼻息で笑い飛ばされる。


「馬鹿ねぇ!夫とは別物よっ……イケメンはいるだけで癒やされるのよ。存在自体が神!素敵な方、レッドルビーの試食してみますーっ?」


「え?ああ……食べてみたいな」


 ヴァンがそう言うと、どうぞー!と丸々一個、スッスッと手際よく切ってくれた。ロキと私もオマケ扱いでひと口ずつ小さいのをくれた。


「なんだよーぅ。ズルくないー?」


 ロキが文句を言うとヴァンが私とロキにもほら!と皿を寄越して、分けてくれる。


「これは……酸味と甘みがちょうどよく、シャリシャリとした食感!美味いな!」


 ヴァンがそう言うと、キャー!と女の人が悲鳴のような声をあげた。


「わかってるぅ!さすが顔がイイ男は違うわぁ」


「レッドルビーを売って欲しいんだが?」


「もちろん!良いわよぅ!ねっ、あなた?」


 『ダメだ』と言おうとする農業主にマリンは射殺すような目をした。マリンが声を低くする。


「良いわよね?」

 

 もう1つヴァンが試食し、美味いなと呟くと、諦めたように農業主は頷いたのだった。


「うちの妻は無類のイケメン好きでね。いや、浮気はしないんだが、手が届かないところにいる人を見て愛でるのが良いんだとか……わけのわからんことを言うんだ」


「あら?すべてを知ってしまうより夢の中にいるような心地でいさせてくれるでしょっ!現実は現実だけでじゅーぶんなのよ」  

 

 面白い夫婦だわと私は思いつつ、契約書を作成したのだった。


「今回はヴァンがいて、正解だったわー!」


「レッドルビーおいしー!」

  

 商品にならない傷のあるレッドルビーを貰ったので、食べながら歩く。ヴァンが静かになったので、どうしたのかと横を見ると、目が合う。ニッコリと笑って彼は言った。


「役立てて嬉しいよ」


 おっと!と手からレッドルビーを私は驚いて滑らせかけた。


 今、私は笑顔に見惚れた……な、なんだったのかしら?今の笑顔はっ!?一瞬の出来事で、もう消えているけれど、無邪気で明るさのある貴重な笑顔を初めて見た。目つきの悪さも最近、和らいでいるような?


 歩きながら、私は心の動揺を悟られまいとレッドルビーを食べ、平静を装うのだった。

 







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