グランドシープの羊飼い
山の中腹。時々揺れる白や紫の花に目に鮮やかな緑の葉。空気も美味しくて景色は最高!そよそよと風も心地よくて、穏やかな陽射しはピクニック日和………どころではない。
「うっ……キャア!」
ガラガラガラと崩れる足場。慌てて、近くの岩をつかんで、落ちるところを危うく阻止。ところどころに溝のような崖がある危険な場所である。
「アリシア!足元を見ろよ!」
ヴァンが慌てて、手を伸ばしてくれて、私の体を引き上げる。
「ありがとう。まさかこんな道なき場所を行くことになるなんて……」
「おまえ、よく今まで一人でこんな危険な場所や物を狙ってきたな!?怪我とかしなかったのかよ!?」
パンパンと私は手の砂を落とす。
「大丈夫だったわよ」
ニッコリ笑うと、ヴァンが苦い顔をした。
「その嘘の笑顔はオレの前ではやめろ。嘘ついてるだろ。怪我をして、自分で魔法をかけて治癒し、誰にも話したことないだろ……違うか?」
「毎回ではないわ。そこまで無茶しないわよ」
私の返答に眉を寄せて難しい顔をした。嘘の笑顔をヴァンに見抜かれてしまう。可愛いと評判(!?)の得意の営業スマイルなのに……。
「そろそろ安全そうな所で、お昼ご飯にしましょう」
私は平らな所で、リュックを置く。テキパキと石を積んで簡易なコンロを作る。
ヴァンがパチンッと指を鳴らすと小さく綺麗なオレンジ色の炎が石の中に起こる。
「ヴァンがいると便利ねー。安定的な炎、火力も完璧!素晴らしいわ」
「オレは便利アイテムかよ!火起こすために来たわけじゃないんだからな。目的の物はどこなんだ?」
「まあまあ。焦らないで、先にお腹を満たしましょうよ」
私は塩漬けの肉を炙る。パチパチと音をたてて、肉汁が落ちる。お湯を沸かし、その中に乾燥野菜とベーコンを散らしてスープの元を溶かす。硬くなったパンを焼いてサクサクにした。
「ハイ。簡単な物だけど」
「いや、十分すぎる。ありがとう」
食べ物を目の前にしたヴァンはライオンがネコになるくらい大人しくなる習性があることを発見した。
パクパク美味しそうに食べていく。魔力消費はお腹が減るので、私のリュックの中は食料で満たされている。
「外で食べるご飯は美味しいわね。パンにバター塗るといいわよ」
焼き立てのパンに溶けていき、ジュワジュワ染み込む黄金色のバター。
「くっ……このバター美味しすぎる」
「でしょ!?普通のバターと違うのが、わかる!?これも私が流通させたお気に入りの物なのよ!」
美味いと素直にヴァンが頷いた瞬間ドォンと地響きがした。
「なっ、なんだ!?」
驚きつつ、パンと肉を離さないヴァン。私はさっさと口に押し込んでしまう。
来た!待ってたかいがあったわ!
「で、でかい羊ーーーーっ!?」
ヴァンが叫ぶ。これは!?私の予想より大きいわ。巨大な羊がドスドスと歩いている。私は食べ物を飲み込んでから、話す。
「グランドシープよ!やるわよ!」
「……冗談だろ?」
「本気です。昼食は置きなさいよっ!」
せっかく食べていたのに!というヴァンの非難は無視しておく。獲物が来たのに、食い意地張り過ぎだ。
「じゃあ、さっさと倒す」
こっちへグランドシープが向かってきた。不穏な侵入者に気づいたらしい。ドドドドと駆けてくる足音が響く。
「……言っておくけど、足場に気をつけてよ!?私が崖に落ちるより、グランドシープが落ちるほうが泣けるわよっ!」
「その例えおかしいだろ!?」
「あの巨体を持ち上げることできないでしょ!?デカい魔法で足場壊さないように頼むわよ!?」
「わかってる!」
ったく!と言いつつ、ヴァンの手に光が集まっていく。頭をこちらに向けて頭突きの姿勢をとって突進してきた。
ヴァンは雷を放電した。バリバリバリという音と共に感電させる。巨大羊が痙攣し、動きが止まった。さすが一撃ですごいわ。私は補助しようとしていたが、細剣をしまう。
「意識失くすまでしたほうがいいのか?」
私が口を開く前に「こら!」と言う声がした。
「おまえさんたち!大事な羊になんてことしてるんじゃ!」
「ジジイがなんでこんなとこに?……うぐ!」
私はヴァンの口に残っていたパンを詰め込む。喋らせない方がいい。
「大事な羊さんに手荒なことをしてごめんなさい。追いかけられてしまったので……ても傷はつけてません!実はグランドシープに会いたくて来たんです!カッコイイ羊さんですね」
白い髭と髪をし、粗末な服を着た老人は片眉をあげる。
「こいつの良さがわかるのか?」
「もちろんです!この迫力は最高です!」
「そうか……わしの他に、わかるやつがいたか……だが、ただ見に来たわけじゃなかろう?」
……やはり上辺だけの言葉はすぐバレる。察しのいい老人には隠さずストレートに正直に言ったほうが良いわ。
「この羊の毛、そして角が欲しいのです!角は無理をしません。狩ってまで採ろうなんて思ってません。グランドシープが寿命で尽きたときに欲しいのです。角は万病に効くと言われてます!ぜひ病に苦しむ人のために役立てたいのです。流通すれば助かる人がいます!」
「なんと……商人じゃったのか!?よく案内人もいないのに、こんなところまでこれたな」
老人はふむと言ってひげを撫でる。
「お願いします!この羊さんの素材を無理のない程度でいいんです!売ってください」
「……別にわしの物でもない。昔から、ここにグランドシープが生息しておるだけだ」
「でもグランドシープの羊飼いだからこそ、毛を刈ったり角を採取できる人は……唯一あなただけなので、あなたと商売をしたいのです」
「……お嬢さん、何者なんだ?わしはそのことを誰にも話したことがない。この山に住む変わり者の爺さんだと思われている」
そう。誰にも私は聞いていない。でもここで会うことを私は知っていた。『母の病気をグランドシープの角で治す子ども』と『グランドシープの羊飼いの老人』を夢で垣間視て知っていたなんてことは言えないので、私はフッと笑って、ペコリと頭を下げる。
「天才バイヤーアリシア=ルイスはお見通しなんです。その角は病人の希望となります。お願いします。世間に流通させてもらえませんか?」
羊飼いと呼ばれる老人はバレているなら、仕方ないと苦笑しつつ、了承してくれた。
「角はすでに長い時をこいつらと過ごしてきたから、何本か採れている。売ろう。独り占めしていたわけではないが、確かに薬が手に入れば、助かる人々がいるだろう」
やった!商品の契約成功!と私が心の中で浮かれていたが、気づくとヴァンは一人で座ってまったりスープの味を楽しんでいたのだった。昼食は守ったぞと満足気に呟く声を私は聴き逃がさない。
使い魔といい、ヴァンといい私の周りには食い意地の張った人ばかり集まる気がした。
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