悪い男にご用心!?

「アリシアーーーっ!おまえの貯金がゼロになってるって!」


 カインお兄ちゃんが私の顔をみると店から飛び出してきて、開口一番、そう言った。


「ただいま。知ってるわ。私が使ったもの」


「あれだけの金額を一度に!?何に!?」


 隣にいたヴァンを見て、まさか!?と優しい兄の表情が強ばる。


「こ、こいつは誰だ!?まさかっ!?アリシア、悪い男に騙されているんだろうっ!?」


 えっ!?と私とヴァンの驚く声が重なった。その声に両親が駆けつけてきた。


「なんだって!?どうした!?」


「アリシアがお金を貢いだって!?」


 否定しようと私が口を開きかけたのに、ヴァンが先に言った言葉で、さらにややこしくなる。


「オレを買ったから一文無しになったんだよな」


『男を買ったあああああああ!?』


 ヴァレリウス!?それは勘違いさせる言葉よーっ!?


 ちょっと彼は一般常識から感覚が離れているところがある!そう私は少し気付き始めたのだった。


 母さんがお茶を出してくれて、テーブルにつくとやっと落ち着いた。


「えーと、つまり昔、アリシアが助けてもらって、恩があったんだね」


 一番落ち着いている母さんが私の説明をまとめてくれた。


「そう!そうなのよ。お金を貯めていたのも、そのためなの」


「なるほどなぁ。男前の兄ちゃんだから、てっきり、アリシアが惚れてしまったのかと思ったぞ」

 

「父さん!アリシアにはまだそういうことは早いだろ!可愛い妹に手を出すなよ!」 


 冗談で言う父さんにカインお兄ちゃんは激怒し、ヴァンにも釘を刺している。


「いや……そういう関係じゃないから……」

 

 私が否定すると、ヴァンも頷く。


「そうだ。とりあえず買われた身だから、アリシアを守り、忠誠を誓い、着いていく」


 しーーんと静まり返る場。私の頬に一筋の汗。


「あら、やだ……なにその、結婚を前提に付き合わせてください発言?聞いたこっちの顔が赤くなっちゃうー」


「母さんっ!違うからーーーっ!」


 私が慌てる。ヴァンがいや、主人として……と付け加えるが、遅かった。


「アッハッハッハ!ヴァレリウス君、頼むよ。アリシアは無茶をしすぎることがある。頼もしいねぇ。よーし!今夜は泊まっていけ!一緒に飲もう!美味いものも用意するぞー!いっぱい食べていけ!」


「なんでだよ!父さんっ!」


 私は額に手をやる。ヴァンは飲む気食べる気満々でよろしくお願いします。なんて言っているのだった。


 にぎやかに酒盛りしている夜。私は場を抜けて、そっと夜風にあたりにきた。ヴァンと実家に来ているなんて、ちょっと夢みたい気がする。そう。思い描いたことのなかった夢だ。


 ふと、気配がして、振り返ると、カインお兄ちゃんがいた。


「アリシア、もう家に帰ってこいよ」


「え?」


 眼鏡の奥の目が真剣で寂しそうな色を浮かべている。


「危険なことをしているのは気付いている。頼むから、もうやめて、家にいてくれないかな?家族で一緒にいるのは嫌なのか?」


「ここで皆と一緒に過ごすことは嫌ではないわ」


 だったら、ここにいてくれ!と珍しく兄が私に強く言う。


「でも私、世界を旅して物を探すのは嫌いじゃないの。むしろ楽しいの」


 ヴァンを助けて目的は達成したかもしれない。だけど、私はやっぱりここに居たいという気持ちより、新しい風景や新しい物、新しい人に出会ってみたいという気持ちが強い。また旅に出たいとそう思ってしまう。


 ごめんねと小さく謝ると、心優しい兄は目を伏せる。優しいヴァンが、そのまま大きくなっていたら、きっと兄のように優しく穏やかな人になっていたんじゃないだろうか?


 でも今の私は今のヴァンに惹きつけられている。どこか苛烈で謎めいていて、冷たさも持ち合わせる強いヴァンに……それは自分でもわかっている。これが恋なのかはわからないけれど。


「待ってるよ。アリシア、辛いことがあったら、ここに帰っておいでよ」


 そう言ってもらえることが、わかってて、優しい家族に甘えてる私なのかもしれない。それはとても幸せなことだった。


「ありがとうお兄ちゃん」


 夜空に星がキラキラと輝く。


 だけど……ここで見る星も好きだけど、知らない地で眺める星も私は大好きなのだった。

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