オルゴールの音は今も心に有りて
ヴァレリウスを貰い受け、自由にできる日、私はもう一度だけラジャスター王に謁見を申請した。
……ものすごく不快そうだったが、会ってくれた。
「陛下に差し上げたいものがあり、謁見を許してくださったことに感謝します」
「なんだ?出してみろ」
私はスッと紫色の布をとり、一つの古ぼけた箱を渡した。王の顔が変わった。驚き、口をパクパクさせている。
「こ、これを……どこで!?」
「探すのに手間取りました。しかし陛下を今も心配されている方達より教えてもらったのです。大切な物だと……骨董品店にございました」
箱を持つ陛下の手は震えている。箱を開けて、隠されていた内部の蓋をもう一つ開けるとネジがある。
「……音は鳴らないか。壊れてしまったからな」
いいえと私は笑う。
「どうぞネジを巻いてみてください」
「まさか……直っているのか?」
陛下が巻いて見る。オルゴールの音が鳴り出した。静かな部屋に高く低く鳴る、少し物悲しいような曲は子守唄。
「陛下はお気づきかもしれませんが、直した職人が、蓋の薄い木の板をスライドして見るようにと言っていました」
「そんなもの……どこに?」
私は近づくことを許してもらい、そっと小さく薄い板をずらした。そこにはメッセージがこめられていた。
『愛する…………へ』
名前の部分はかすれていて見えないが、陛下にはわかったらしい。顔を覆う。
「なぜ、今……みつかる………今になって!」
私はそっとその場を離れる。部屋から出ていこうとしたとき、陛下が涙声で尋ねる。
「これを教えてくれた者とは……?」
「陛下を真に心配され、この国を思っている人たちです。今一度、地下牢の者たちを思い出されるとよろしいかと……心より支えてくれる臣下達は手に入れ難い貴重なものです」
そうかと小さい声がした。
私は未来を垣間視た。陛下がオルゴールを鳴らし、窓辺に座って、一言『……お母様』と呟く姿。陛下が大事にしているオルゴールはあるか?と聞くと元宰相は教えてくれた。いつしか陛下が失くしたオルゴールの話を。
私がスタスタと歩いていくと、門のところに少ない荷物を持ったヴァレリウスが立っていた。その顔はどこか不機嫌そうでもあり、不貞腐れてるようでもある。
「どういうつもりだ?どこへオレを売る?」
「聞いていたでしょ?私は売らないわよ」
陛下からもらった戦闘魔道士の契約書を見せる。これがあると……戦闘魔道士は命尽きるまでしたがわなければならない。従わない場合はこの契約書によって罰せられる。
「腕の焼印を出してみて」
ヴァンは大人しく出した。杖に絡み合う蛇の焼印があり、赤い色をしている。私のは黒色。それは契約を結んでいるかいないかで変わる。
私は契約書を破り捨てる。パラパラの砂のようになり、やかて溶けてなくなる。
「は!?何してんだよ!?」
「終わったわ。ほら……」
ヴァレリウスの腕の蛇の焼印は私と同様、黒い色に変化した。
「これで自由よ。戦闘魔道士として囚われることなく、ヴァン、好きなように生きると良いわ。戦闘魔道士じゃなければ……きっと家族を持ち、温かい家庭を築ける未来が待っていて、普通の幸せを手に入れられるわ」
呆然と道に立ち尽くす。言葉が出てこないヴァンに私は微笑んだ。私のことを覚えていてもいなくても、たとえもう会えなくても私は今までと同じように、彼をずっと大切に思っている。
彼を置いて私は歩きだした。長い間、探してきてようやく役目を終えて、ホッとしたのに何故か涙が出てきた。歩きながら泣く。私は絶対に泣き顔を見られたくないから振り返らず、足早に去った。
また、ここからは一人で旅をする。いつもの日常に戻るだけだ……。
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