平和な中にいたいと思うならば
シードラゴンの肉をスーパーマーケット『ダイキチ』に卸す。
「今日の目玉商品は『シードラゴンの肉』だよー!」
元気な父の呼び込みの声がする。私は他の商品の在庫チェックをしている。
「数年ぶりのシードラゴンの肉だね!」
「食べたかったよ!これ、ソテーにするとうまいんだよ」
お客さん達が、かごに入れていく。需要は十分ありそうだ。
「アリシア、また自分で狩りに行ったわけじゃないよね?」
カインお兄ちゃんが心配そうに尋ねる。
「も、もちろんよ!地元の猟師さんたちとの連携でね……」
嘘だと兄はすぐ見抜く。メガネの奥の目を困ったように伏せる。
「もうスーパーマーケット『ダイキチ』は十分、事業も拡大して、僕たちも裕福に暮らしている。そこまでがんばらなくていいんだよ?家族で暮らそう」
「私は楽しんで旅して物を見つけてるの」
「だけど、それは危険がつきものだろう?父さんも母さんも僕だって、アリシアのことが大事なんだ。もうやめてくれ!」
兄がここまで言うのは珍しい。いつも穏やかで……母さんが、私と兄のやりとりに気づく。
「アリシア、ほら、お弁当だよ。……行ってほしくはないけどね。自分が納得するまで、この子は止まらないよ」
諦めな!と笑う母さん。私にお弁当を渡して、頭を優しくなでる。
「帰る場所があるんだよ?やるべきことが終わったら、ちゃんと居場所があるってことを忘れないでおくれよ」
「母さん、カインお兄ちゃん、心配をかけてごめんなさい。そしてありがとう。いってきます」
家族や帰る場所がある私はまたすぐに旅にでる。待っている人がいることの幸せを感じる。ここはいつも平和だ。
平和の中にいたい。それはきっとロキの食べる甘いモノより甘い夢。きっと叶わないことを私はわかっている。
再び、ラジャスター王国のヴァンのいる場所へ戻ろうとしている。彼が幸せにならない限りは私は自分だけが平和な場所でのうのうと生きているわけにはいかないのだ。
「おい……おい!……って、またこのやりとりになるのか!?アリシア=ルイス!」
え?いるはずのない声がエステラ王国でした。バッと振り返る。こんな道端で出会う!?
「ヴァン!?なんでここに!?」
「仕事だよ。おまえ、考えてる時、無防備になりすぎるよな。何回も呼んだ。気をつけろよ」
スーパーマーケット『ダイキチ』がまだ小さく見える。
「偶然ね!………なんて言わないわよ?どういうこと?」
私は目を細める。警戒する。こんな偶然あるわけない。彼は今、『仕事』と言った。
「おまえ、なんであんな良い家族がいるのに危険なことしてるんだよ?」
ヴァンが責めるようにそう言った。私との距離を詰める。
「それは私には恩返しをしなきゃいけない人がいて……その人を救いたくて……」
そう言いつつ、私はジリジリ後ろへ下がる。ヴァレリウスの表情に冷たさが宿る。危険信号。
「恨むならそいつを恨めよ」
「ヴァン!……それはあなたに……っ!」
「大人しく、平和な所にいれば良かったのにな。……悪いな」
ヴァンの動きは素早く、私の顔の前にバッと手をかざしたと思ったら、もう術が発動し、フッとそこで私の意識は暗くなった。
もしかして私はヴァンに殺される時が来るのかもしれない。でも命をかけてでもやり遂げたいの。崩れる体を抱きとめてくれたヴァンの服をギュッと掴む。たとえ敵対したとしても私はヴァンのことを………。
もう体も思考も動かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます