ザルア皇国へ
私達は客室に待たされていた。そこにはヴァンもいた。退屈そうにしていたので、小声で話しかける。第一王子は優雅にお茶を飲んでいる。
「ヴァンも来ていたの?」
「第一王子の護衛だ。めんどくさいが、このザルア皇国にも
世界各国に売られていくものね。幼い頃からの顔見知り同士戦うこともあるというけど……ほんとにそうなるわよね。あの部屋にいた子どもたちを思い浮かべる。同じくらいの年頃の子どもたちは身を寄せ合って震えていた。
「ヴァンを見たら、誰も戦いたくなくなるんじゃないの?」
「だと……良いんだけどな。意外と売られた先に
ボソッとそう言うヴァンも顔見知りの人と戦ったことがありそうだった。
「っていうか、おまえの戦い方ってどんなんたよ?見せてくれるんだろ?なにか起こるっていうのか?」
もう少しよと私は肩をすくめる。ザルア皇国が弔問客を受け入れている。ラジャスター王国の番となる。
「第一王子のリュクシエルと申します。この度は皇帝陛下が不幸に見舞われたこと、本当に心を痛めております。この品々を受け取りください」
新しい皇帝になるであろう者はまだ幼かった。7歳ほどの子どもに見える。隣には彼の母である皇后が寄り添い、変わりに対応しているようだ。
「はるばる、出向いてこられて、弔意を示してくれることに感謝する」
気丈にそう言う皇后は顔色が悪いものの、キリッとしていて、緊張しているようだ。
「こ、これは!どういうことですか?」
パサッと毛皮が、置かれた。臣下の一人が声を震わせる。カッと怒りをあらわにした。
「ザルア皇国では死んだ獣の毛皮は血の不浄なるもの!弔問の品に持ってくるなど、不敬極まりない!」
「ラジャスター王国はなにを考えてる!?」
「このような場に非礼ではないか!?」
口々にそう言われる。第一王子リュクシエルは愉快そうに私をチラッと見た。
「申し訳ない。新参者の商人に頼んだから、わからなかったのだな」
「なにを……言ってるのよ?自分で毛皮を頼んでおいて……」
私は小さい声で言い返す。第一王子の戯れは度を過ぎている。これは外交問題になる。
「リュクシエル殿下、やり過ぎでは?」
ヴァンが眉をひそめ、殿下にささやく。フフンと不敵に笑っている。
「このような無礼なこと……ラジャスター王国はどう償うのだ?」
声が震えている皇后。
「ここにいる若い商人に任せたためです。ほら!おまえが謝れ!」
私に前に出るように言う。ヴァンがおいっ!と性格が悪いリュクシエル殿下に非難の声を上げようとしたが、私は手で、制す。スッと跪いて、幼き皇帝に礼をとる。
「この品々は確かに私が用意させて頂きました。この毛皮は死んだ獣のものではありません。人工的に毛皮に見立てた繊維で出来ております。まだ試験的に作られておりまして……市場に出回ってはおりませんが……特別に作らせました。このザルア皇国の冬は厳しく、寒いと聞きました。どうぞ、この誰もまだ目にしたことがなかった貴重な新しき布地を使って頂ければと思います」
私の口上にシンと静まる室内。
「もし気に入って頂けましたらアリシア=ルイスにご連絡くだされば、また新たに作らせましょう。毛皮のようにフワフワして暖かな物ですが、手入れも簡単で軽い生地です」
幼い皇帝がそっと布に触れて、すごい……と呟く。
「軽く、滑らかな肌触り……初めてだよ」
「勘違いしてしまったようだ。申し訳ない」
元皇后も触れてみて、謝る。私はいいえと言い、絶対的な営業スマイルを見せた。
「陛下が崩御され、さぞ国民も寂しいことでしょう。そんなザルア皇国民が迎える今年の寂しき寒い冬を暖かにし、少しでも慰められる物を、このアリシア=ルイスはいつでもお持ちできます。ぜひまたご入用の際はご利用ください」
ありがとうと礼まで言われる。部屋から出た途端に、グイッとリュクシエル殿下が私の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「どういうつもりだ!毛皮を用意しろといったはすだ!」
「殿下の方こそ……どういうおつもりだったんです?私は世界を股にかけるS級バイヤーです。その国々の礼も慣習も知っています。毛皮がタブーであることは最初から、わかってました」
琥珀色の目がなんだと!?と怒りで燃え上がる。私は負けじと目を見る。これが第一王子の本性。
「私が狼狽する姿を見て楽しみたかったのでしょうか?少々、趣味が悪いです。これが最悪の場合、私の首を持ってしてでも足りず、戦になっていたかもしれないんですよ。一国の王子たるものの戯れで!」
私の説教に怒りで顔が赤くなっていく。ヴァンがジリッと近寄ろうとしたが、私は目で来ないでと合図する。これは私の戦いだと言ったはずだ。
「こっ……この商人風情がっ!」
「商人には商人のプライドがございます。亡くなられて寂しい皇后や幼き陛下をあのように愚弄するのは、私のS級バイヤーの名にかけて許しがたい物です。人を幸せにする物を私は売りたいのです」
「生意気な!説教をするなっ!」
バッと手を振り上げて殴ろうとした瞬間に、ヴァンが私を庇うように動く。
「あれぇー?アリシアですよね?なにしてるんですかー?……って、実はロキに君がここに居ることを聞いていたんですけどねー!」
敬語で明るい声が廊下からした。ピタリと殿下は殴ろうとした手を止め、ヴァンは私の顔の前に手を伸ばして庇い……の態勢で止まった。
私の使い魔の名前を知っていて、この口調、この声、皇国の城にいるとなれば私の知り合いでは一人しかいない。
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