過去は彼方へ
「なっ!?なんでここにいるんだ!?」
ヴァレリウスと意外と早く遭遇してしまった……会わなかった時は会わなかったのに、一度会うと意外と会うようだ。
ラジャスター国の王都にしばらくいる私は宿屋兼居酒屋に宿泊していた。一階の居酒屋で夕食をとっていると、ヴァンと偶然出くわしたのだった。
「仕事で来ているの。まさか居酒屋で会えるなんて思わなかったんだけど……」
王宮に出入りしてヴァンと接触を試みようと思っていたの!という言葉は飲み込んでおく。
「ヴァレリウス、誰なの?」
ヴァンの後ろから出てきたのは、燃えるような赤い髪をした大人っぽい女性で綺麗な緑色の目をきている美女だった。馴れ馴れしくヴァンの肩に手を置いて、私をニヤニヤ見る。
「やめろよ。ジュリア!」
ヴァンが避けるとつれないわねと言う彼女。親密な関係の二人なのかしら……私は、ハッとし、いや、そうじゃないでしょと首をブンブン振る。
「はじめまして。S級バイヤーのアリシア=ルイスです。なにかご入用の際はご贔屓ください」
冷静を装い、スッと名刺を出す。受け取るとジュリアと呼ばれた女性はくすっと小馬鹿にしたように笑う。
「なんだ商人なのね。ま、一応覚えておいてあげるわ」
なんでそんな上から目線な反応!?商人ごときという感じなのかしら……まぁ、そんな人は少なからずいるけど。
ヴァンがやれやれと呟いて、やや近めの席に座る。
「麦酒、それから唐揚げを1つ」
ハイッとオーダーを取りに来た店員が元気に答える。お酒を飲むヴァン……大人になったんだなぁとしみじみ思ってしまう。冷えた麦酒とつまみの野菜の浅漬けがサッと出される。
「S級バイヤーか……その若さですごいな」
ボソッと麦酒を一口飲むとヴァンはそう言った。
「えっ?」
「S級バイヤーとなると、王宮への出入りのみならず、各国から優遇措置がとられる。どうやってそんな資格をとったんだ?偽造じゃないよな?」
私の能力のおかげで……と話したかったが、あまり言わない方が良い能力だから言葉は飲み込んだ。
「もちろんよ。ほら。その証もちゃんとあるわよ」
手首を見せる。S級バイヤーの証である金の腕輪はしっかり接着しており、世界商工会と私の名前が刻まれていた。辞める時でない限りは外れないだろう。
フーンと言って少し笑ったヴァンに……昔の彼の優しい笑顔がよぎる。でも私のことは忘れてしまっているようで、よそよそしい。覚えていないのだろうか?それとも覚えていないフリをしてる?
もしフリだとしたら、それはなんのために………?
しばらく互いの頼んだメニューが来て、静かに食べる。喋っているのは赤毛の美女のジュリアくらいだ。
「でね、こないだの討伐に参加してて、ご褒美に第一王子からけっこうなボーナス貰っちゃったの!ウフフ。まあ、他の奴らが役立たずだったせいもあるけどね!あ、そうそう。ヴァンのサラマンダーを一撃で仕留めた話で、みんな盛り上がってたわよ」
ヴァンは聞いているのかいないのか、追加で肉の煮込み料理と麦酒をもう一杯!と頼んでいる。私はウサギ肉のシチューと野菜のサンドイッチを食べ終わり、ぼんやりとヴァンを眺めていた。
「なんだよ?なにか聞きたいことあるのか?」
私の視線に気づいたらしい。
「大人になっちゃったなぁと思って……」
「そりゃ、誰でもなるだろ?なんだよ。オレの小さい頃を知ってるような口ぶりじゃないか」
知ってるわよと思ったけど、言ったところでとぼけられたりかわされたりするのは目に見える。
ヴァンとジュリアは二人並んで帰っていく。恋人同士なのかな?そう思ったらなんだか胸の奥がチクリとするような息苦しいような気がした。
苦しい?……違うわ。私は別にヴァンの恋人になりたいわけじゃない。恩返しをしたいの。ただ彼の未来を救いたいだけ。自分の気持ちをそう解釈した。好きとか嫌いとかじゃない。ヴァンが破滅の道へ行かないようにするだけよ。
振り返ることなく消えた二人の背中を見送った。彼が幸せになってくれれば、私は傍に居れなくてもいい。
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