第七章 王子と皇太女
俺と将軍は地下室の扉の前に立っていた。
「ロラン殿、ここに殿下が」
「間違いない。ルー以外に三人魔力を持った人間がいるようだ」
しかも三人のうち、一人は相当な魔力の持ち主のようだ。それなりの準備をしないと命の危険がある。
万が一のことを考えて、俺は自分と将軍に身体強化と魔法抵抗力強化の魔法を掛けてステータスの底上げをしておいた。
地下室の扉はここしかなく、忍び込んでルーを助けるという芸当はできそうもない。
「ロラン殿、この扉、鍵が掛かっていませんぞ」
「敵は誘っているみたいですね。その誘いに乗るしかないのが歯がゆいです」
「私が前に立ちましょう。何かあっても多少の盾にはなりますから」
将軍が扉を勢いよく開け放った。
地下室はそこかしこにろうそくが灯され、中の様子がよく見えた。広いホールのような室内に装飾が施されていた。
奥の方には、ルー以外に俺と同年代の男とそれよりも十歳くらい上の男が二人いた。同年代の男は豪奢な椅子に腰かけており、膝の上にルーを乗せていた。残りの二人はその男の両脇を固めるように立っていた。
ルーを膝の上に乗せている男は、白銀の艶やかな長い髪をもち、顔立ちは整っているものの冷徹という言葉が似合いそうなほど鋭い目つきをしていた。
「あ、あなた様は、テオドール王子!なぜここに」
真ん中の男を凝視しながら将軍が声を発した。
テオドール、そうかあいつか。エクレールの第二王子でルーの元婚約者だ。よし、容赦なく倒すとしようか。俺は柄を握る手に力が入った。
「マリーが新しい婚約者を立てたと聞いてね。他の男のものになる前に、連れ去ろうと思ってね。ついでに帝国を混乱させようかな、なんてね」
テオドールはおどけた風に話しているが、表情は一切崩れない。精巧に作られた人形のようにも見える。
「君がマリーの新しい男だね」
俺は王子の問いに答えず、睨み返した。
「ああ、答えなくてもいい。調べはついているから。さっきは驚いたよ。火事騒ぎが起きるんだもん。金で雇った連中がみんな騙されて出て行っちゃうし。ま、俺には効かなかったけど。あれは君の魔法?」
「だったら、どうなんだ」
「いや~、僕はよく知らないけど、僕の手下が、魔法兵器リオネルが来たんじゃないかってざわついていたんだ。君、彼のこと知ってる?」
俺が何も答えないでいると、ガエル将軍が硬い表情で俺を見つめていた。やっぱり会議室で爺さんの名前を言わなくて良かった。
「答えてくれないなら、まぁいいや」
俺が返事しようがしまいが関係なく王子はしゃべりだす。
「皇帝に身代金を要求したけど、まさかマリーの叔母を攫っていたなんて。無能な部下だらけで困ったよ。あの女を殺そうかと思ったけど、もしかしたら、マリーが助けにくるかもしれないからそのままにしておいたんだ。まさか、マリーが魔法陣を踏んで僕のところに来てくれるなんて」
ルーの髪をなでながらベラベラとしゃべり続けた。今すぐ、こいつの舌と手を切り落としてやりたい!
「そうそう、この部屋、広いだけじゃなくて豪華だろう?ここは市場には出せない品を取引する闇オークション会場だったんだよ。僕も何度も利用させてもらったけど。あ、貧乏人の君には縁がないか。アハハ」
「戯言はいい!マリー=ルイーズ皇太女殿下を放せ」
これ以上、こいつの話は聞きたくない。しかも奴はルーの髪どころか、背中から腰を伝ってお尻まで撫でまわし始めた。だが、ルーは嫌がるそぶりを見せず、無表情でただじっとしているのが理解できない。
「つまらない男だね。そんなんじゃこの先貴族としてやっていけないよ」
「うるさい!」
俺は、剣を抜き鞘を叩きつけた。
「さぁ、おしゃべりはここまでだ。マリー、あの若者を殺しておいで」
「承知しました。テオドール様」
ルーの目が赤く光り、テオドールから離れた。
ルーの様子がおかしい。明らかにルーは魔法で操られている!
ルーはひと呼吸置いて、まっすぐに俺に向かってきた。ガエル将軍が盾となって俺の前に立ちはだかるがひらりとかわして、勢いを殺さずに俺に切りかかってくる。
くっ、動きに無駄がない。
ルーの剣先を俺は何とかギリギリのところでかわした。身体強化していなかったら今頃俺の腹から臓物が飛び出ていたかもしれない。
「ロラン殿!」
「しょ、将軍は王子とその手下をお願いします」
将軍に声を掛けている間も、ルーの攻撃の手は止まない。
ルーの剣撃はあまりにも早く、かわすので精一杯だ。身体強化魔法が切れたら俺は確実に死ぬ。
かわしているだけでは、いつかルーに殺されてしまう。反撃に出ないと。しかしルーを傷つけるわけにいかないし。
将軍は手下二人を相手に優勢のようだが、形勢が決まりかかる直前に王子から魔法攻撃で邪魔が入る。また、王子自身は、一切椅子から立ち上がる風はない。
「ほらほら、そんなことをしているとすぐにマリーに殺されちゃうよ」
王子は完全にこの状況を楽しんでいる。将軍を妨害するついでに、俺とルーの間にも魔法を放ってくる。この男は根っからのサディストだ。
どうにかして、ルーに掛けられた魔法を解かないと。
この手の魔法は、術者を倒すのがセオリーだがそれには最大の敵になってしまったルーが邪魔をしていて王子のところまで行けそうにない。
「もっといいこと思いついた!マリー、目を覚ますといい」
王子がルーに魔法を掛ける。奴の魔法を打ち消そうにも、ルーの攻撃が激しくてどうしようもできない。
「わ、私どうしてこんなことに…」
ルーの意識は元に戻されたようだが、身体は操られたままだ。ルーは状況が呑み込めないまま、ルーの意思とは関係なく、俺への攻撃は止まない。
「ロラン!避けてください」
俺に剣を向ける度にルーが泣き出しそうな表情を浮かべる。
「嫌よ、嫌っ!私にロランを殺させないで!」
ルー自身も苦しいが、俺も精神的にダメージが来てしまう。そのせいか、俺の動きも鈍ってしまい、かすり傷を負ってしまった。
俺の血を見てルーの目が痙攣し、表情が壊れ始めた。
ルーが可愛そうすぎて、見ていられない。これなら完全に操られていたときの方がまだマシだった。
「いいよ、マリー。苦しむ君の顔が美しい。さぁ、君の愛する人を殺してもっと壊れた顔を見せておくれ!」
恍惚に満ちた顔で王子が自分の腕で自分の身体を抱きしめる。
悪趣味だ。こんな男とルーが結婚しなくて本当に良かった。しかし、ここで俺が死んでしまったら、ルーはまたこの男と一緒になってしまう。
何か手を打たないと。
「ルー、俺のことは気にしなくていい!自分でその魔法を解くんだ」
「ロラン、そんなことを言われてもどうしたらいいか」
「俺に任せて。ただし、この後何があっても動じないこと」
俺はルーの攻撃をあえて避けることなく、聖剣を自分の脇腹で受け止めた。。
「ロ、ロラン。何を…して…いるの…ですか?」
激しく動揺しているルーを俺は強く抱きしめる。
「こうでもしないとルーの動きを止められないから」
痛くなさそうに振舞っているが、正直、聖剣に貫かれた左脇腹が痛い。血もさっきまでのかすり傷とは比べ物にならないくらい流れ出ている。
「さて、ルー。ここで魔法の授業を始めようか」
おそらく最期の授業になってしまうかもしれないが。俺の意識のあるうちに伝えるべきことはちゃんと伝えよう。
「ロラン、止めてください。あなたが死んでしまいます」
「大丈夫、まだ死なない。ちょっと邪魔が入らないようにしておこうか」
ルーの攻撃の嵐が止んだので俺は落ち着いて魔法を唱え、防護結界を張った。
王子からの魔法攻撃が始まったが、俺の結界はびくともしない。
「これでしばらく邪魔は入らない。王子の魔法攻撃がうるさいけどしばらく我慢しよう」
「ロラン、私はどうすればいいのですか」
「そうだな。聖剣に意識を集中させて自分に掛けられた魔法を祓うことを念じるんだ」
ルーは俺に言われた通り意識を集中させた。聖剣が淡く光りはじめ、やがてその光が大きくなり、俺とルーを包み込んだ。
「私の身体が自由に動きます!」
「上出来だ、ルー。でも、俺の変装魔法まで解かなくても」
聖剣に貫かれていたせいか、ルーと俺は一体の扱いにされたのだろうか。
「ルー、そろそろ聖剣を抜いてもらってもいいかい」
ルーは一気に聖剣を引き抜き、俺はすぐに回復魔法を使った。血が流れ過ぎて、もはや痛覚が麻痺している。これはかなりヤバい。
「あともう少しで意識がなくなるところだった。ルーがすぐに魔法を習得してくれて助かった」
「ロラン、どうして私は魔法が使えたのでしょうか」
「俺にしか効果のない乙女魔法に近い系統だから、すぐに使えそうだと思ったのと聖剣がサポートしてくれるんじゃないかと思って」
「乙女っ。ぐふっ。ロラン、恥ずかしいこと言わないでください」
王子様の呪いを解く、乙女魔法を使っているのはルー本人だ。恥ずかしいのは俺ではなく、ルーだと反論したいが、時間がもったいない。
「話を続けるよ。ルー、聖剣は魔道具の一種なんだ。魔力がなくても使える魔道具もあるけど、聖剣の場合、使用者の魔力が必要だ。そうなると、ルーは普段から魔法を使っていることになる。聖剣を使った固有の技があるだろう。あれは全部魔法なんだよ。そこで聖剣本体は、魔術師が使う杖と同じ役割を果たしていると考えた」
「でも、私、子供のころに何本も杖を壊しました」
ルーが俯いて左右の人差し指を何度も交差させた。
「あれは、ルーの高すぎる魔力に杖が耐えきれなかったんだよ」
おそらく子供が使う杖だと思って、初歩的なものしか用意していなかったのだろう。
「もしかしてお父様はそれを知っていて、ロランにあんな試験を」
ルーがハッとした表情をする。陛下も俺も聖剣の適合者だから、俺が聖剣を触ればそのからくりも見えてくると思ったのだろう。
「そういうことだ」
「あとでお父様に文句を言わないと!」
「その前に、悪趣味なサディスト王子倒さないといけないよ」
度重なる王子の魔法攻撃に多少ひび割れ始めた防護結界を目にして俺は足に力を入れた。
「ルー、前衛は君に任せていいか。」
「ええ、言われなくても」
ルーの力強い返事を聞いて、俺は防護結界を解く。
さぁ、反撃開始だ!
「なぜ、どうして!マリー、君が魔法を使えるんだ」
王子は整った顔を大きく歪めた。
「テオドール、あなたは私に言いましたよね。魔法の使えない人間はエクレールでは奴隷扱いだって。だから私には何の価値もないって。そうやって私を少しずつ追い詰めて楽しんでいましたよね」
王子の攻撃魔法を聖剣ではじき返しながらルーはその歩みを止めない。
「ルーに魔力があることくらい、王子は知っていたんじゃないか」
ルーに魔法が使えないと言い続けることで優越感に浸りたかったのではないかと俺は思う。エクレールは帝国より国力は劣る、テオドールは嫡子でもない。ルーに勝てるのは魔法を使えることだけ。きっかけさえあれば、ルーは魔法が使えたはずなのに王子はあえて教えることもしなかった。それどころか、ルーを追い詰める材料に使った。
「うるさい!黙れ!マリーは僕の物だ!どうしようと勝手だろう!」
王子は痛いところを突かれたのか、様々な属性の攻撃魔法を考えなしに乱発し始めた。属性の違う魔法を次から次へ間髪入れずに唱えられる王子は相当な実力者であることは間違いない。
だが、ルーが目の前の魔法を聖剣ではじき、俺がその残りを魔法で打ち消す。ルーと共闘するのは初めてだが、昔一緒に野山を駆けまわっていた仲なのでルーの動きが何となく分かる。
それでも王子は次々と魔法を繰り出す。そんなことをしてもルーと俺には意味がない攻撃なのに王子が止める気配はない。冷静さを欠いている証拠だ。
こんなことをしても無駄なのに。そのうち味方にも流れ弾が当たってしまうのでは…。
俺がそう思っていると、
「ぐっ、王子…。何を…」
王子が放った火魔法が王子の手下の一人に当たり、右足の一部が燃えた。だが、王子は一切反応せず、魔法を乱発し続けている。
将軍は好機を逃さず斧の柄でその男を殴り、意識を奪う。そのまま、もう一人と対峙する。
部屋に火が燃え移っても困るので、俺はさっと王子の手下の右足を氷魔法で冷やしてやった。
大勢は決し、将軍はもう一人の手下も戦闘不能に陥らせた。
「マリー、どうして俺に歯向かうの」
王子は目から一筋の涙を流しながら、爆炎魔法を放つ。
先ほどまで乱発していた魔法とは比べ物にならないくらい高難度で強力な魔法だった。
しかし、ルーはひるむことなく聖剣で素早く円を描き、氷の鏡を作り出してこれを防いだ。
「ロラン、これも魔法だったのですね。てっきり聖剣があるから使える技だと思っていました」
俺に声を掛けるが、王子への警戒は忘れず目線は王子を捉えたままだ。
「魔法を使う感覚を覚えたルーなら、多分他の系統の魔法を使えるようになってるよ」
俺は優しくルーの背中を押した。
「テオドール、これで終わりです。降参すれば命までは取りません」
ルーはぐっと近づき、聖剣を王子の喉元に突き付けた。
「……ああああ、僕のマリー。愛しているよ。さぁ、帝国もエクレールも一緒に壊そう」
すっかり精神が壊れたのか、王子はルーを迎え入れるように両手を差し出した。
「あなたのゆがんだ愛情なんかいりません」
ルーは氷のように冷たい視線を王子に浴びせた。表情を変えることもなく、聖剣に力を込めて氷魔法を放ち、王子ごと氷漬けにした。
「ルー、やりすぎだ。王子が凍死するよ」
俺は火魔法で氷を溶かし、王子の額に指を当てる。
「お休み、良い夢を」
「ロラン、何の魔法を掛けたのですか」
「俺が解かない限り、一生甘い夢を見続ける魔法だよ」
長年ルーを苦しめてきたコイツには本当は悪夢を見続けさせてやろうかと思ったが、それはやめておいた。どうせ帝国の上層部が尋問するだろうし、今以上に精神が崩壊して尋問できない状態になっても困るだろうからこの程度にしておく。
「そういえば、叔母様はご無事でしたか」
「大丈夫。あの人は元気だった。近衛騎士に守られて、今頃は宮殿に戻っているはずだよ」
「そうですか、安心しました。早くここから出ましょう。……あれ?」
突然、ルーが膝から崩れ落ちた。
「ルー、大丈夫か?」
「殿下!どうされましたか?」
ルーの異変に俺だけでなく、将軍もあわてて駆け寄った。
「安心したせいなのか、疲れたせいなのかちょっと立てなくなってしまって」
ルーは力なく笑顔を向けた。
ルーの体調を観察するために、俺はルーの傍にしゃがみ込んだ。ルーの血色は良くない、指も少々痙攣気味だ。疲労か、それとも…。
「ルー、魔力の使い過ぎだ。残存魔力が相当減ってる」
俺は簡易な鑑定魔法を使って、魔力の数値をルーだけに見せる。
「少し休めば、歩けるようになると思うけど…。ルー?何しているの?」
ルーは自分の腕を俺の首に回し始めた。まさか、首を絞められるとか?いや、でも何で?
「ごめんなさい。ロランも疲れていますよね。私ったら、図々しいことを」
ルーが俺の首に回した腕をするすると下した。いや、本当にルー何がしたいの?全く見当が付かないんだが。
「うぉっほん。殿下はロラン殿に抱き上げて欲しい、所謂お姫様抱っこをご所望ですぞ」
え?そうなの?
俺が振り返ると、将軍は自信を持って頷いていた。
どぎまぎしながらルーを見ると、上目遣いで俺を見つめている。ルーは可愛らしい口で何か言いたそうにしているが、声になっていない。
将軍の見立てが合っているのかよく分からないが、誰かがルーを運ばないといけないのは確かだ。
ご所望通りなのか分からないが、ルーを持ち上げると
「ふふっ、何だか十年前のあの夏を思い出しますね」
ルーが熱を帯びた目で俺を見ていた。どうやら正解だったらしい。
正直、乙女心が全く分からなさそうなオッサン、失礼、ガエル将軍よりも鈍感な俺は一体どうしたらいいのだろうか。
ルーが何を考えているか、結構想像つくはずなのに恋愛が絡むと鈍感になる俺って何だろう。やっぱり恋愛に関する知識が皆無過ぎるんだろうな。ルーに捨てられないように恋愛力を鍛えないと。でも、どこでどうやって鍛えるんだ。
「…ロラン……ロラン」
「ごめん、ちょっと考え事をしていた。俺って気の利かない男だなって」
「そんなことはありません!ちょっと恋愛慣れしていないだけで、あ、でもそこも可愛らしく。やだ、私ったら男の人に失礼なことを言ってしまいました」
はっとした表情でルーは口を押えた。
「殿下、お元気になられたようで何よりです。ところで、ロラン殿のその姿は…」
将軍は、王子と王子の手下を両脇に抱えながら俺を凝視していた。
やっぱり気になるよな、俺の姿。
王子との戦闘中に将軍に見られているから、今更外向きの姿に戻しても無駄だと思ってそのままにしていた。
仕方がないので、これまでのいきさつを将軍に簡単に話すことにした。
「なるほど、建国祭の幽霊はロラン殿でしたか。しかし、陛下に伝えないわけにはいきませんな」
「できることなら、もっと普通の姿で生まれたかった」
俺はため息を大きくついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます