第17話 法医術士VS治癒士
「殿下、お話中のところ失礼致しますわ!」
「!」
「!?」
まさにバーン!と、勢いよく。
マリアージュは会議中のドアを勢いよく開いた。
デニスに対する処罰を協議していた学園関係者は、公爵令嬢の突然の登場に面食らう。
唯一上座にいたルークだけが不敵に笑い、マリアージュを歓迎しているかのように見えた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ、我が婚約者殿」
「ならば話は早いですわね。殿下、どうかデニス=ドレッセルの遺体の解剖をお許し下さいませ。我がメメーリヤ分院が必ずや事件の真相を突き止めてみせますわ!」
「か、解剖……だと!?」
「あんな焼け焦げた死体から、何がわかるっていうんだ!?」
突然現れた公爵令嬢の申し出に、場はざわついた。その段になってようやくコーリーやユージィンも追いついてきて、開いたままのドアの隙間から様子を窺う。
この時マリアージュは前回同様、ルークの許しさえあればデニスの解剖ができると思い込んでいた。
が、しかし。マリアージュが来訪してすぐ、今度は別の人物が会議室に現れる。
「ご会議中のところ失礼致します。この度は我が息子が不祥事を起こしまして、大変申し訳ありませんでした」
「あなたは――ドレッセル伯爵」
「!」
いかにも品の良さそうな壮年の男性は、デニスの父親だった。しかも伯爵は一人ではなく、後ろに真っ白なローブを着た清楚な女性を従えている。
「初めまして。わたくしは王立治癒院所属の治癒士・テレシア=ファン=レインと申します。この度ドレッセル伯爵の要請を受け、同行させて頂いております」
「治癒士……ですって?」
テレシアを見て、マリアージュは激しく嫌な予感を覚えた。
王立治癒院の治癒士と言えば、王族を診察することもあるいわば特権階級。テレシアの実力も相当なものだろう。
「まずは我が愚息がこの度犯した不祥事、どう償っても償いきれません。特にファムファロスの名に泥を塗り、魔道士という存在そのものを貶めたこと――極刑を下されても文句は言えぬでしょう。我がドレッセル家はどのような処分が下されようとも、甘んじてず受け入れる所存でございます」
伯爵は時折声を震わせながら、まるで捕縛されたばかりの囚人のように深く膝を折った。力なく
自慢であったはずの息子を亡くし。
その息子が犯した罪に驚愕し。
そして今はドレッセル家存亡の危機に瀕している。
会議室に集った誰もが伯爵に同情し、かける言葉を失った。
「ですがもし一抹の慈悲を賜れるのなら、罪深き我が息子の遺体を治癒士の力で復元するお許しを頂きとうございます。己の業火に焼かれた息子は愚かなれど、死後焼きただれた姿のまま送りだすのはあまりに悲しい。もちろん亡骸は我が伯爵家の墓には入れず、ドレッセルの名を汚した大罪人として、相応の処分をするつもりでおります」
「遺体を復元……ですって!? 冗談じゃありませんわっ!」
伯爵の申し出に顔色を変えたのは他でもないマリアージュだ。
まさに前々から恐れていた状況が、こんなにも早くやってきてしまった。
治癒士に遺体を生前と同じように復元されては、残されていたはずの証までごっそり消えてしまう。法医術の使命が果たせなくなってしまうではないか。
「あなたは……確かドミストリ公爵令嬢」
「ドレッセル伯爵、どうか今すぐにお考えをお改めになって! 遺体を復元するだけでは、なぜデニスがあのように死ななければならなかったのか……本当の理由を知ることはできませんわ!」
「何と……」
伯爵はマリアージュの言葉に驚き、戸惑っているようだ。ここでルークがさりげなくマリアージュを援護する。
「ドレッセル伯、まだ知っている者は少ないが、マリアージュはこう見えて知の女神・メメーリヤ様の祝福を受けていてね。遺体を解剖することによって、死者の声を聞くことができるんだ。覚えているかい? 先日、王宮でサスキア子爵令嬢が殺された事件を。あの時、彼女は被害者である子爵令嬢の遺体を解剖し、そこに残された痕跡から見事真犯人を突き止めたのだよ」
「そ、そのようなことが可能なのですか……!?」
ルークの言葉に、場のざわめきはさらに大きくなった。廊下側から話を聞いているユージィンやコーリーも、マリアージュの異能に驚いている。
「マリアージュ様のお仕事って、そんな特殊なものだったの……」
「………」
「信じられない……」「死者の声を聞けるとは本当なのか?」「魔法でもそんな術式は聞いたことがないぞ……」――などと場が騒然となる中、ここでマリアージュに真っ向から反抗する者が現れた。
「お待ち下さい! すでに物言わなくなった死者をさらに切り刻むなど……それこそ神をも畏れぬ所業です。どんな大罪人であろうとも、最後に与えられるのは苦痛ではなく救いであらねばなりません。わたくしは治癒士の一人として、解剖には断固反対させて頂きます!」
「………………、はぁ?」
振り向けば、テレシアがフードを取り、美しくも険しい表情を露わにしていた。
透き通るような白皙の肌に、少しピンクがかったストロベリーブロンド。
きゅっとしまった小顔の上には、つぶらな瞳、鼻筋の通った鼻、ぽってりと厚い唇などのパーツが、完璧な黄金比で配置されている。
(――チッ、この子もルークが好みそうな美少女ね)
マリアージュは内心忌々しく思いながらも、テレシアと真っ向から対峙した。
「失礼ながら、私の言い分は逆ですわ。死者の尊厳を守るならば、たとえ死後に体を切り刻んだとしても、真実を探し出さなければなりません。遺体を復元するという行為は、真実を隠蔽することに他なりませんわ!」
「まぁ、なんて恐ろしい! 隠された真実とは一体何なのです? 失礼ながら話を聞いた限り、デニス様はプライドの高さから己の敗戦を認められず、対戦相手に殺意を向けたとしか考えられません。むしろこれ以上の追究は、デニス様の罪を重くするだけではないでしょうか? 今は一分でも一秒でも早くご遺体を弔い、転生した後も同じ過ちを繰り返さぬよう、魂の浄化を祈るべきではありませんか?」
「だーかーら! デニスがユージィンを殺そうとしたって、なぜ断定できるかって聞いてるんですわよ!」
「ですから! デニス様は己の命を燃やしてまで禁呪を使用なさったのでしょう!? 完全な殺意があった証拠ではないですか!」
このテレシアという治癒士、年頃もマリアージュと同じならば気の強さも似たり寄ったりのようだ。公爵令嬢のマリアージュに対して一歩も引く気配を見せず、むしろ対等に口論している。
こんな不毛な言い合いに時間をかけている暇はないと、マリアージュはさらに語気を強めた。
「ああ、ああ、ああ、ああ、そうですか。これはこれはご立派な治癒士様の言うことはさすがですわね! でしたら私の解剖が終わった後に遺体の復元をなさってはいかが? ご高名な治癒士様なら、さぞ容易いことでございましょう?」
「治癒士は万能ではございません。今回のようにご遺体の損傷が激しい場合、復元に必要な生命エーテルがどんどん遺体から流れ出ていってしまいます。つまり遺体の復元は時間との勝負なのです。ルーク殿下、どうかデニス様のご遺体を治癒院に運ぶ許可を下さいませ。デニス様を生前と同様の姿に戻すため、私をはじめとした数人の治癒士が、すでに控えております」
「いいえ、その前にメメーリヤ分院に運んでちょうだい!」
ああ言えば、こう言う。
もはや会議室は話し合いでなく、マリアージュとテレシアの言い争いの場となっていた。
これにはさすがのルークもため息をつき、どうしたものかと頭を悩ませる。
「うーん、僕としてはマリアージュの願いを聞いてあげたいけど、状況的には不利だねぇ」
「ど、どうしてですの!?」
マリアージュは驚愕に目を見開いた。
ルークは指折り数え、理由を説明しだす。
「まず一つ。今回の事件はとにかく目撃者が多すぎる。
一つ。敗北を告げられる直前にデニスの魔法が暴走し、実際にユージィンの命が危機に晒されていること。
一つ。最終的にデニスの魔法が禁呪だったこと。これらは覆せない事実だからね」
「……うっ!」
論理的な指摘を受け、さすがのマリアージュも言葉に詰まる。逆にルークは興味深げに尋ねた。
「そう言うマリアージュこそ、どうして強硬にデニスを擁護しているのかな? やっぱりあれ? 自分を慕ってくれた可愛い少年に情が湧いた……みたいな?」
「はぁ? それじゃあ私がまるで私情で動いているみたいじゃないですの! この私がいつ私情を優先したことがございまして!?」
「いや、むしろ君は今まで私情でしか動いてこなかったよね?」
「………グッ!」
反撃しようとしたところで、逆に盛大に食らうカウンターパンチ。マリアージュはルークの無邪気なツッコミの前で、敢え無く撃沈した。
今となっては悪役令嬢として過ごした自由奔放な日々が悔やまれる。私情に任せて多くの女性をいじめてきたツケが、こんな時に巡り巡ってきた。
自分のことながら、マリアージュは『マジでバカなんじゃないの、マリアージュ!』と心の中で地団太を踏んだ。
(ああ、なんと言って殿下やドレッセル伯爵を説き伏せればいいんですの? デニスはただ焼死したんじゃないというのは私の勘で、今の時点で明確な証拠があるわけでもなし……)
辺りを見回せば、関係者の多くが遺族である伯爵の意を汲み、デニスの遺体を治癒院に運んだ方がいい……という流れが出来つつあった。
マリアージュの主張は退けられ、法医術士VS治癒士の対決にいよいよ決着が付こうとしていた。
「……あの、すいません、俺の意見も聞いてもらって構いませんか?」
――が、その時。
遠慮がちに前に進み出たのは、ドアの外から中の様子を窺っていたユージィンだ。
デニス本人に命を狙われ、大怪我を負った今回の事件の一番の被害者。
その彼の一言が、場の流れを―――一気に覆す。
「俺はデニスがなぜあのような暴走をしたのか、どうしても理由を知りたいです。俺が知るデニスは自分の敗北を認められないような、そんな小さな器ではなかった。あいつは尊敬するに値する優秀な魔道士だったと、今でも――信じているんです」
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