第16話 殺意の行方
全てが終わった時、誰もが言葉を発せず絶句していた。
現場となった闘技場は早々と封鎖され、事件の目撃者となった生徒らの中には気分を悪くし治癒院や医術院に運ばれる者も少なくなかった。
それほどまでに、デニスが起こした事件は多くの者に衝撃と恐怖を与えた。
ファムファロスでは全職員が会議室に招集され、事態の対応を協議している。
もちろん今大会の主催者であるルークも、その場に出席していた。
「一体どうすればいい……こんなことは前代未聞だ……」
「まさか伝統ある金獅子杯で殺人未遂事件が起こってしまうなんて……」
「魔法を私利私欲に利用しない。ましてや対戦相手に勝ちたいがために魔法を暴走させるなんて……魔道士の風上にも置けません」
「デニス=ドレッセルはすでに死亡していますが、彼は永久破門扱いにすべきです! 我が学園どころか魔道士全ての体面に泥を塗ったのですから……!」
喧々諤々と議論が交わされる中、デニスの処罰は厳しいものにならざるを得なかった。
デニス本人だけではない。
このままではデニスの実家であるドレッセル家も、犯罪者を出した家ということで王立魔道協会から除名されるは必定。まさに一つの貴族が、存亡の危機に瀕しているのだ。
「いやしかし、どうしてデニスが魔法を暴発させたのか、原因と動機が分かっておりませんし……」
「動機ならはっきりしているでしょう! デニスは普段からユージィンを敵視し、理不尽ないじめを繰り返していたと言うではないですか!」
「ならばその言動を見て見ぬふりをしてきた我々教員にも、同じ咎があるとは言えませんか!? デニス一人に罪を背負わせるなんて卑怯者のすることだ!」
「………」
職員らが激しく言い争う様を、ルークはひたすら静観していた。
議論はすぐにでもデニスを破門扱いしたい強硬派と、ドレッセル家に肩入れする擁護派で意見が分かれている。
最終決定権のあるルークは上座の椅子で優雅に足を組みつつ、
「さて、どうしたものかねぇ……」
と、事件の真相がわからない状態に苛立ちを隠せずにいた。
一方、その頃。
マリアージュは闘技場内に残り、選手控室へと足を運んだ。
控室にはユージィン・コーリー・エフィムの他に、まだ数人の選手達が残っている。
「ユージィン、もう大丈夫よ。しっかりして。デニスの遺体は学園内に運ばれたらしいわ」
「………」
ベンチに座り込んで落ち込むユージィンを、コーリーが必死に慰めている。
だが直接デニスと対決していたユージィンにとって、今回の事件は相当ショックだったのだろう。顔は幽鬼のように青白く、指先は小刻みに震えていた。
「……デニスに特別敵視されているのは知ってた。だけどまさか、殺したいと思われるほど憎まれてたなんて……」
残っていた生徒達はユージィンの周りに集まり、揃って同情の声を上げる。
「ユージィンのせいじゃない。いくら試合に勝ちたいからって、禁呪を発動させるなんてやり過ぎだよ!」
「そうだとも! デニスの才能は素晴らしいと思ってたけど、さすがに今回の行動は軽蔑に値する」
「亡くなったのは気の毒だけど、自業自得じゃないかな」
デニスに対する皆の評価は散々だった。
マリアージュは眉間に皺を寄せつつ、コーリーに説明を求める。
「殿下も仰ってたけど、禁呪って言うのはどんな魔法なの?」
「えーと、その名の通り使うことを禁止されている魔法のことです。禁呪にも色々種類があるんですが……」
コーリーは近くにあった黒板のチョークを手に取り、図解で説明し始める。
「一般に言われている禁呪は、古代で使われていたとされる究極魔法を指します。古い魔導書などに記されている魔法はあまりにも強力で、使った後に取り返しがつかない被害を生んでしまうです。だからこれらの術式が記された魔道書も禁書扱いで、王立魔道院の奥深くで厳重に管理されているんです」
「あとは人を呪い殺す呪術や、悪魔信仰が発祥の黒魔術なども禁呪扱いになってる。死者を復活させるネクロマンシーも、死者を冒涜するという倫理上の問題から禁止されているよ」
コーリーの言葉を、ユージィンが静かな口調で補足した。
マリアージュは「なるほど、現代で言う核兵器みたいなものかしらね……」と禁呪がいかに危険なものであるかを理解する。
「ではデニスが死に際に使ったあの魔法は? あれが古代の究極魔法なの? だとしたら、どうやってデニスは禁書を読むことができたのかしら?」
「いえ、あれは違います。デニスが使ったのは、私達魔道士ならば誰でも使える唯一の禁呪で……」
コーリーは声を震わせながら、悲しそうに目を伏せる。
「あれは自分の命……生命力を魔力に変換して行使する魔法なんです。自分の命を犠牲にすることで、最大限の威力を発揮するんです」
「自分の命を犠牲に!?」
「個人の犠牲と引き換えに、多くの敵を殲滅できる。だから古代の魔法戦争では、玉砕覚悟でこの禁呪を使うことを強いられた魔道士がたくさんいたそうです。もちろん今は国際魔法条約で禁止されてますけど……」
「………」
マリアージュはデニスの死に際の姿を思い浮かべた。
確かにデニスの魔法の威力は凄まじかった。ルークが咄嗟に大規模な魔法障壁を展開してくれたからこそ、ほとんど被害は出なかった。
でももしもあの場にルークがいなかったとしたら?
おそらく――いや、確実にユージィンや観客の多くが惨たらしい死を遂げていただろう。
そう考えたらデニスが犯したのは大罪だ。
本人が死亡したからと言って、容易に許されることではない。
けれど――
「デニスは本当に、
「………え?」
「いえ、そもそもデニスはユージィンを殺したいほど憎んでいた? 私にはとてもそうは思えないんだけど」
「え、いや、あなた何を言ってるんですか」
「デニスがユージィンを嫌っていたのは、学園中の誰もが知ってますよ」
マリアージュのつぶやきに、生徒達は透かさず反論する。
それでもマリアージュは納得できない、という風に首を傾げた。
「確かに一昨日学園で初めて出会った時のデニスの態度はひどいものだったわ。ユージィンの才能に嫉妬した挙句、仲間とつるんでいじめを扇動していたんですもの。だけど……」
今朝、闘技場の入り口でデニスと交わしたあの会話を思い出す。
『伯爵家の子息という身分に胡坐をかいていた私に、マリアージュ様が放ったお言葉はあまりに鮮烈過ぎました。もう二度と貴方の前であのような醜態は晒しません。王国の魔道士として、本物の誇りを取り戻した心地でございます』
あの時のデニスの表情、口調から、嘘は一切感じられなかった。
甘いと言えば甘いのかもしれないが、マリアージュは彼が本当に己の行動を反省し、改心したと受け取ったのだ。
――王国の魔道士として、本物の誇りを取り戻した――
そう語ったデニスが、試合に負けるからと言って、自分の命を投げ出してまでユージィンを殺そうとするだろうか?
ましてや殺人未遂を犯したとなれば、罰せられるのは本人だけではない。一族郎党にまで累が及ぶ。
マリアージュは己に問いかける。
――もしも自分がデニスと同じ立場なら、禁呪を使うかしら?
いや、答えはやはり『ノー』だ。
これはマリアージュの野生の勘でしかないが、デニスが焼死してしまった事件には、きっと誰も知らない真実が隠されているはずだ。
「エフィム!」
「ほいな」
「急いでファムファロスの会議室に向かいますわよ! デニスの遺体の解剖を殿下にお願いするのです」
「了解じゃ」
「えっ!?」
「か、解剖!?」
思い立ったらすぐ行動できるのがマリアージュの長所。
今まで黙って傍らに控えていたエフィムもマリアージュの意図を察し、素早く彼女に付き従う。
度肝を抜かれたのは、その場にいたユージィンやコーリー達だ。
青いドレスを着た美女の口から出た単語が『遺体の解剖』。公爵令嬢としてのパブリックイメージと、言葉の残虐さのギャップが、あまりにひどすぎる。
それまでベンチに座り込んで動けなかったユージィンも、驚きのあまり思わずよろよろと立ち上がった。
「か、解剖って……デニスの遺体を解剖して何がわかるんですか」
「そりゃ色々わかりますわよ。死者はね、たとえ体が消し炭になってもなぜ自分が死んだのか、どんな想いで死んだのか、聞こえぬ声で訴えかけているのよ。その声を聞くのが法医術士としての私の役目」
「ほ、法医術士……?」
「そうよ」
まさに威風堂々と。
どれだけ畏れられ気味悪がられても、マリアージュの医術士としての立場は一貫していた。
その言葉の揺るがなさに、ユージィンもコーリーも目を瞠る。
「さ、グズグスしている暇はないわ。さっさと行きますわよ。デニスの遺体に隠された真実を暴きにね!!」
「あ、ま…待って下さい、マリアージュ様ぁ~~!」
青いドレスの裾を翻し去っていくマリアージュを、コーリーは慌てて追いかけた。ユージィンも少し悩んだものの、結局深手を負ったままの体を引きずって、学園の会議室へと足を向ける。
――炎の魔道士が遂げた不可解な焼死事件。
デニスの誇りと尊厳を取り戻せるのは、広い世界でたった一人――マリアージュだけなのだから。
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