第6話 死体が語る真実
致命傷となった殴打痕を確認したマリアージュとエフィムは、視線を合わせて頷いた。
少し離れた位置に立つルークが不思議そうに尋ねる。
「何かわかったのかな?」
「ええ。オスカー殿、申し訳ありませんが、凶器とされる彫像をこちらに持ってきてもらえまして?」
「これだろうか?」
研究室にあらかじめ準備されていた凶器を持って、オスカーが近づく。それをエフィムが手に取り、ローザの後頭部に当てた。
「ローザ嬢の死因は頭部を強打されたことによる脳挫傷、もしくは外因性の脳出血と思われますが、ほら、ここ。ご覧になってわかるかな? 殴られた場所の形状と彫像の形状は一致しとらん」
「んん?」
エフィムはもう一度血の付いた彫像の断面を押し当ててみせる。
「この彫像の一番太い所に血液がべっとりと付着しておるが、ローザ嬢の外傷はもっと細長い……そうじゃな、棒のような形に見えんかのう?」
「言われてみればそんなような気も……」
傷口を覗き込むオスカーは眉根を寄せながら低く唸った。
(あーあ、頭部CTがあれば、もっと明確な画像解析ができるのに……)
マリアージュが歯がゆく感じていると、今度はルークが近づき新たなクリスタルを取り出した。
「ではこれでどうかな? ――”リブラル”」
「!」
ルークの掌が淡く光ったと同時に、クリスタルの表面にローザの外傷の形が写真に写したかのようにくっきり浮かび上がる。
「殿下、この魔法って……!」
「魔道士なら多くの者が使える【解析】の魔法さ。余計なお世話だったかな?」
「いいえ、とんでもない! むしろ助かりますわ。殿下ったらもう何でもありですわね!」
ブラボー金のルーク! ブラボー、魔法!!
この時ばかりはマリアージュもルークに感謝した。
現代科学を補って余りある、魔法の活躍である。
「なんでしたらリブラルの魔法で、ローザ嬢の遺体そのものを解析なされば、全て解決ではありませんこと!?」
いいことを思いついたとマリアージュは破顔するが、ルークは静かに首を振る。
「それは無理だね。死因くらいは探れるかもしれないが、僕にはそもそも医術の知識がない。結局解析された情報をもとに、真実を探し出すのはメメーリヤの祝福を受けた君の役目だと思うよ?」
「はーい……」
チッ、そう何もかもがうまくはいかないかと、めんどくさがりのマリアージュは舌打ちした。クリスタルに浮かんだ解析画像を見ると、傷と彫像の凸凹とは一致せず、細長い棒のような形状をしている。
「なるほど。マリアージュ殿が握っていた彫像は凶器ではありませんね」
「うむ、真犯人の姑息な偽装じゃろうて」
さすがのオスカーも、事実を目の前に晒されれば認めざるを得なかった。
さらにマリアージュは外傷を観察して断言する。
「それにこの傷は他にも二つのことを教えてくれていますわ。一つは犯人が左利きであるということ。それから身長が180センチを超えているということですわ」
「えっ!?」
マリアージュは自信満々に外傷を指さした。見ればすぐわかることだが、ローザは左後頭部を殴られ殺されていた。
「調べましたところ、ローザ嬢が殴られたのは致命傷となったこの一発だけです。よくご覧になって? 後頭部の左側に傷がついているということは、犯人は左利きということです」
「そうだね、言われてみれば」
「ちなみに私は右利きですわ!」
マリアージュは右手をひらひらさせて、自身の潔白を訴えた。
ルークはルークで平然と死体の後頭部を覗き込み、うんうんと頷いている。
「それから傷の高さもご覧になって下さい。頭頂部近くにございますでしょう? 入射角から計算すると、犯人はローザ嬢とそれなりの身長差があったことになりますわ。私が殴ったのなら、もっと低い位置に傷ができるはずです。私とローザ嬢の身長はほぼ同じですもの」
「マリアージュ様の言う通りじゃ」
マリアージュの推理を、エフィムも素早く肯定してくれた。
それでもまだ納得がいかないらしく、オスカーが食い下がる。
「例外はないのですか? 例えば傷の位置をごまかすような」
「そうじゃなぁ、例えばローザ嬢が椅子に座っていた状態で殴られたなら、女性でも頭頂部近くを殴れることになりますなぁ」
「でしたら」
「それと例えば被害者に上を向かせた状態で殴れば、凶器の入射角をごまかすこともできますわ」
マリアージュは法医学者として、自分が不利になりそうな意見も述べた。自らが発案者となり、様々なケースを検証してみる。
「殿下、ちょっと手伝って下さいな。私がここにまっすぐ立ちますから、お腰のサーベルを左手で持って殴るふりをしてみて下さい」
「えーと、こうかな?」
ルークはマリアージュの背後に立ち、護身用のサーベルの鞘で殴るふりをした。ルークも身長は180センチ近くなので、犯人役にはうってつけだ。
「なるほど。確かにローザの傷跡と一致するね」
「それでは次に私が上を向いていた場合。そうですわね、例えば犯人が『今日は月が綺麗だよ』なんて甘い言葉を囁いて、ローザに上を向かせていた場合ですわ」
次に被害者が上を向いていた状態で、犯行現場を再現する。
今度は背の低いエフィムがルークからサーベルを借りて、殴るふりをした。
「うむ、このおいぼれ、腰が曲がってしまい身長が160しかないのですが、被害者が上を向いている状態ならば、低身長でも頭頂部を殴ることは可能ですな」
「でしたら」
「ですが、犯人は同じ状況でマリアージュ様を殴っている。その時マリアージュ様は」
「しっかり直立しておりました。上も向いておりませんでしたわ」
「ならば今度はマリアージュ様の頭部を、観察してみましょう」
こうして今度は、マリアージュの頭にできたたんこぶを全員でまじまじと観察する羽目になった。これは何の羞恥プレイかとマリアージュがフルフルと震える中、二つの事例が比較される。
「マリアージュも左の後頭部を殴られているね。傷の高さもほぼ同じだ」
「ということはやはり二人を殴ったのは同一犯でしょうな。ローザ嬢も直立している状態で後ろから殴られた……と考えるほうが筋が通る。また状況から見て、犯行は計画的ではなく場当たり的に起きた可能性が高い」
「そうだね、犯人はおそらく衝動的にローザを殴り殺している。頭のいい奴だとは思えないよ」
「ではマリアージュ殿は無罪……ということでしょうか」
ルークとオスカー・エフィムは、明らかになる事実を論理的に検証していった。
一方、マリアージュはルークに貸してもらったサーベルを見ながら、何やら考え込んでいる。
「マリアージュ、どうしたんだい?」
「いえ、よく見たらこのサーベル……」
マリアージュは目を細め、おもむろにサーベルをぶんぶんと振り回してみる。
「このサーベル、ローザ嬢の外傷と一致しませんこと?」
「え」
「もしかしたら……」
マリアージュはサーベルの鞘をローザの後頭部に当ててみた。
するとなんとピッタリ形が重なったのである。
「み、見つけましたわ! 本物の凶器はサーベルの鞘です!」
「なんだと、そんな馬鹿な!?」
「つまり犯人は……」
オスカーや聖騎士達が青ざめる中、マリアージュは傍に立つ人物をキッと睨みつけた。鼻息荒く、その人物を指さして勝ち誇ったように宣言する。
「真犯人はもしや殿下なのでは!? ローザ嬢と別れる別れないで痴話喧嘩になり、彼女を殴り殺したのではありませんこと!?」
「………………………………………………」
―――しーーーーん……。
マリアージュのとんでも推理に、場の空気は凍り付いた。
あろうことか一国の王子を殺人犯呼ばわりするとは………何たる不敬。
これにはさすがのルークも、
「………………そんなわけないだろう………………」
と、片頬を引き攣らせ、呆れるしかなかった。
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