第7話 そうして全ては暴かれる
ルークを犯人扱いするマリアージュに、軽蔑の視線が一斉に集まった。
その鋭さに、マリアージュは身を竦ませる。
「あら、完璧な推理だと思いましたのに……。殿下は常日頃からよく女性トラブルを起こしていらっしゃるでしょう? 180センチ以上という体格も犯人と一致しておりますし……」
「確かに多くの女性と親しいことは認めるが、遺恨を残すような別れ方はしていないよ。それに身長180センチ以上の男なんて、王宮内にはごまんといるだろう。ここにいるオスカーだって身長だけなら犯人の特徴と当てはまる」
「あらあら、そうでございますか。殿下はおモテになられてようございますわね。でも殿下は確か両手利きでございましたわよね?」
「戦時は武器や魔法具を両手どちらでも扱えるほうが敵に対して死角がなくなるからね。でも普段はどちらかというと右利きだよ」
「本当ですか? 怪しい……」
それでも疑いを晴らすことが出来なくて、マリアージュは恨めし気にルークを睨みつけた。ルークは再び肩をすくませ、従者に助けを求める。
「やれやれ、オスカー。おまえからも何か言ってやってくれ」
「マリアージュ殿。さすがに先ほどからの発言は不敬を通り越して厳罰ものです。それに殿下は晩餐の後、事件発生の連絡が行くまで大広間で舞踏会に参加しておられました。ローザ嬢を殺すことは不可能です」
「あら、アリバイがありますの」
今度はマリアージュのほうが残念そうに肩をすくませる番だった。
だがアリバイ……か。確かにローザの死亡時刻が確定できれば、マリアージュの疑いも完全に晴れるだろう。マリアージュもルークと同じく、今夜はほぼフルで舞踏会に参加していた。単独行動したのは、あの休憩室に向かった時だけなのだ。
「とにかく凶器はサーベルの鞘で間違いありませんわ」
「ということは、今夜宮殿の警護に当たっている騎士全員が容疑者となるわけだね」
「そんな……」
凶器が特定されたことで、第一聖騎士団団長であるオスカーは青ざめていた。それは当然の反応だろう。王族や貴族を守る立場の騎士が、このような前代未聞の不祥事を起こしたかもしれないのだから。
「では次は何から調べましょうかのう、マリアージュ様」
「そうですわね……」
再びマリアージュとエフィムはローザの遺体に向き直る。
死亡時刻を推定するには、死後硬直・死斑の有無、また直腸温の低下、角膜の濁りなどが参考にされる。
また女性が被害者だった場合、性的暴行を受けている可能性もあるため、その痕跡がないかの調査も必要である。だが今日の解剖に立ち会っているのは医術士の助手に一人女性がいるだけで、大多数は男性だ。ローザの尊厳を考えれば、暴行の有無は、ひとまず後回しにしてよいだろう。
「では次は胃の内容物を調べてみましょう」
マリアージュは法医学の基礎に基づき、胃の消化具合から死亡時刻の推定を試みた。
胃の消化能力には個人差があり、食べ物が胃に留まる時間は食べた物の性質によって変化するが、通常は食後10分ほどで胃の内容物が小腸に運ばれ始める。
消化の早い食べ物で約1時間、遅い食べ物でも約5時間は胃に残留しているはずなのである。
「ではエフィム卿、お願い致しますわ」
「畏まりました」
すでに容疑者からは外れかかっているため、エフィム卿は公爵令嬢の要請に大人しく従った。ここで初めて、ローザの体にメスが入れられる。
「うげぇっ」
「………」
「………」
ローザの遺体が解剖される様を見て、立ち合いの魔道士や騎士は嘔吐しかけた。そこまではいかないものの、ルークとオスカーも厳しい表情で作業を見つめている。
「オスカー殿、本日の晩餐のメニューを教えて下さる?」
「はい。本日白鳥の間に出された食前酒はベルモット、前菜はポタージュ・リエと春野菜のサラダ、メインは牛フィレ肉のステーキ、デザートは旬のフルーツ盛り合わせのタルト――となっております」
「………」
マリアージュは金属トレイの上に取り出された胃を、表情も変えず冷静に観察した。するとすぐにわかることがある。
「……なるほど。ローザ嬢の死亡時刻が凡そ判明しましたわ。彼女は晩餐が終わって30分もしない内に殺されています」
「えっ!?」
「晩餐が終わり、ローザ嬢が席を立ったのは?」
「おそらく20時頃かと。それまではご友人達と歓談していらっしゃるのが確認できております」
「では死亡推定時刻は席を立った今夜20時頃から20時半の間と推定できますわね。エフィム卿、ご覧になって下さい。ローザ嬢の胃の中で、今夜のメニューはほとんど消化されておりません」
「ほうほう」
エフィムは興味深そうに、丸眼鏡を数度かけ直した。
取り出された胃の内容物の多くは、まだ形が残っている。中でも注目されるのはデザートに乗せられていただろうフルーツだ。
食べ物の組み合わせによって食物の残留時間は異なるが、果物は酵素を多く含むため他の食材よりも消化されるのが早い。大体20分から30分くらいで腸へと運ばれる。
にもかかわらず、フルーツがそのまま胃の中に残っているということは、これらが消化されるわずか30分ほどの間にローザが殺された……ということを示しているのだ。
「その見立てに間違いはないかい、マリアージュ?」
「なんなら殿下お得意の解析魔法でお調べになって下さい。私の言っていることが正しいと、すぐに証明できるはずですわ」
「………」
マリアージュの強気な発言に、ルークは微笑をこぼした。すぐさまオスカーに、毅然とした口調で命じる。
「オスカー=ルンドマルク。直ちに王宮騎士団全員を我が太陽宮に招集せよ」
「はっ」
「特にサーベルは国家から支給された貴重な備品。出入庫の記録は厳しく管理されているはずだ。サーベルを紛失している者があれば、その経緯を尋問せよ。また全員のサーベルを魔法で解析する」
「御意」
「それと今夜の警備計画書も合わせて提出させよ。いつどこに誰が配備されていたかが分かれば、必ず怪しい動きをしていた者が浮かび上がるはずだ」
「御意」
いよいよ事態は真犯人逮捕へと動き出した。これで自分への嫌疑も晴れそうで、マリアージュはホッと胸を撫で下ろす。
「ところでマリアージュ」
「はい?」
「自信満々なところを見ると、20時から20時半までの君のアリバイは完璧なのかな?」
「あ……当たり前です! というかその時間、殿下は私の手を取って大広間でファーストダンスを踊っていたではないですか! もうお忘れになったのですか!?」
「ハハハ、そう言えばそうだった!」
マリアージュの神経を逆撫でするかのように、ルークは無邪気に笑った。
通常、舞踏会の最初のダンスは、パートナーがいればパートナーと踊るのが慣例。つまりローザが殺された時刻、マリアージュは王太子の婚約者として、華々しく人々の注目を浴びていたのである。
(はあぁぁぁーーーーっ! ルークのこういうところ、本当にメッチャムカつく! 人をコケにしてそんなに楽しいのかしら!?)
マリアージュはこれ見よがしに大きなため息をついた。
一方、ルークはと言えば、事件収拾のため各所に命令を出し「後は任せるよ」とオスカーと共に研究室を退出していってしまう。
残されたのはマリアージュとエフィムと弟子達。胃の内容物の解析を任された魔道士、それと――ローザの遺体だけだった。
(犯人に濡れ衣を着せられたのは心外だけど、これであなたの無念は晴らせそうかな、ローザ……)
マリアージュはこれ以上の解剖は必要ないと判断し、エフィムに遺体の縫合を命じた。黙々と医術士達が処置を進める中、マリアージュは再び合掌し、哀れな魂のために黙祷する。
(どうか苦しかったことを忘れ、安らかに眠って下さい。私が出来たことなんて、ほんの少しだけど――)
無表情で眠るローザの青白い顔を、マリアージュはやるせない気持ちで見つめていた。
それから約一時間後、マリアージュとエフィムの元に『真犯人の身柄を確保』の第一報が伝えられた。
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