第4話 権力で殴ります
「ふむ、確かにマリアージュ殿の意見は理に適っておりますな。殺されたローザ嬢の死体には、犯人が残した何らかの痕跡が残されているやもしれません」
たっぷりとした白い髭を撫でながら、王立医術院院長・エフィムは、マリアージュの意見を後押しをした。
「あいにくと死体を診察するという稀有な経験は、私にもございませんが」という余計な一言まで付け加えて。
ローザの解剖をしたいとマリアージュが申し出た後、ルークがご意見番として招聘したのが、このエフィム卿だった。
一見人畜無害そうな好々爺だが、魔法を使わない医術に関して彼の右に出る者はなく、またエフィム卿自身、五大公爵家の一つであるアーメント家の出身だった。
「ではエフィム卿もローザの解剖には賛成なさると?」
「ええ。もちろんです。すでにおいぼれとなったこの身ですが、人体への興味は尽きるどころか、いや増すばかりでしてな。それにマリアージュ殿の見立てには目を見張るものがある。失礼ですが死体に関する知識は一体どこで習得されたものですかな?」
「えっ!? えーとそれは……」
ニコニコと人好きする笑顔でエフィム卿は、痛いところを突いてきた。
内心冷や汗を流していると、ルークまでもが口角を上げ、面白そうにマリアージュを見つめている。
言わずもがなオスカーや騎士団達も、悪役令嬢の突然の変化を不振がっていた。
そりゃそうだろう。今まで美容や社交にしか興味のなかった高飛車な女が、いきなりこの世界の常識にはない法医学の知識を披露したのだから。
(チッ、仕方ない。こうなったら……!)
マリアージュは内心舌打ちしつつ、ここで大きなハッタリをかますことにした。
「実は私、先ほど犯人に殴られた際に、知の女神・メメーリヤ様の宣託を受けましたの! 魔力には恵まれない身ですが『これからは人の世のため、知の発展のために精進せよ』と女神から祝福を頂いたのですわ!!」
マリアージュは腰に手を当てホーッホッホッホッと、悪役令嬢のトレードマーク・高笑いを披露した。
ちなみに知の女神・メメーリヤとはヴァイカス王国のみならず、ノーチザン大陸全土で信仰されている十二神の一柱である。ヒロインのアイリスも女神の祝福で魔力に目覚める設定だ。それをまんまパクってみせた。
「知神・メメーリヤの祝福ねぇ……」
「どう考えても怪しすぎます。単なる出まかせでは?」
言ったそばから、ルークとオスカーに怪しまれる。
うっと、言葉に詰まっていると、騎士団達からも反論が出た。
「それに遺体の解剖と言っても、ローザ嬢の遺族から許可が下りるでしょうか?」
「可愛い娘の体を切り刻まれるのを良しとする家族なんていないでしょう」
もっともな意見である。
現代の日本でも、司法解剖が必要なのに遺族が拒否したケースは少なからずあった。そんな場合はまず裁判所に「鑑定処分許可状」を発行してもらう必要があるのだ。
しかしこの異世界にそんな制度はない。ならばマリアージュが取れる方法はただ一つ。
「でしたらドミストリ公爵家の名の下、サスキア家に解剖を許可するよう命令しますわ。もしも私が無実の場合、後で困るのはサスキア子爵家のほうではございませんこと? 子爵家が公爵家相手に冤罪を吹っ掛けたのですもの。その時は家名断絶くらいは覚悟して頂かないとなりませんわね!」
マリアージュの伝家の宝刀と言えば、THE・権力。ドミストリ公爵家が低級貴族の言い分を一蹴するなど、赤子の手をひねるより容易いことだ。
「随分とひどい仰りようですね、マリアージュ殿。そうまでして自らの保身をお望みか……」
マリアージュの言葉に盛大に目をしかめたのはオスカーだ。
超絶イケメンに思いっきり軽蔑されれば、さすがのマリアージュも傷つく。
(私だって言いたくてこんなこと言ってるんじゃない。でもこれは死活問題なの。背に腹は代えられない……!)
マリアージュはオスカーを強く睨み返した。震える足を叱咤しながら対峙していると、
「まぁ、どちらにしろ我が王家としてはドミストリ家を敵に回したくないという意向に変わりはない。ならばドミストリ公爵家ではなく、王太子である僕の権限でローザ=サスキアの遺体解剖を命じよう。もちろん不正を防ぐため、解剖にも立ち会わせてもらう」
「正気ですか、殿下!?」
「正気か、ルーク!?」
期せずしてマリアージュとオスカーの声が重なった。
聖騎士達が「げぇっ」と小さい悲鳴を上げる中、ルーク本人はいたって平静だ。
「正気も正気。僕が立ち会うのが一番公正だと思わないかい?」
「だが解剖の立ち合いなんて、王太子がする仕事ではございません……」
「おや、心配してくれるのかい、オスカー。ありがとう。けれど6年前、君と一緒にカタトリシュ戦役を経験しているのを忘れたかな? 無残な死体にもそれなりの耐性はあるよ」
「………」
ルークが言うカタトリシュ戦役とは、隣国リ・エコフルズ枢機卿領との間に起きた地域紛争のことだ。
ルークは6年前、16歳の時に第一魔道士団長として、この戦役に参加している。そしてその時が初陣であったにもかかわらず、『王太子が通った道の後には塵さえも残らない』と恐れられるほど大活躍をしたのだ。
(チッ、これだからチートキャラはムカつくったら……。でも王太子の命令には、サスキア家もさすがに逆らえないわね……)
やはり権力。権力は全てを解決する――!
遺族の了承という問題があっさり解決して、マリアージュは心の中でガッツポーズをとった。
だからと言って、女好きで浮気性なルークの性根を許すわけではないけれど。
「思いもかけぬお申し出、心より感謝いたしますわ、殿下」
「どういたしまして。ただしもちろん条件はある。マリアージュ、君の言いだしたことだから解剖には参加してもらうが、実際に執刀するのはエフィム卿と医術士達だ。それからオスカー」
「はい」
「事件捜査の責任者として君の立ち合いも命ずる」
「御意」
こうしてルーク主導の下、着々とローザの司法解剖の段取りが進められた。
マリアージュとしても、医術経験のないただの公爵令嬢がいきなり執刀できるとは思っていなかったし、むしろ容疑者であるはずの自分を立ち会わせてくれるのは、過分な温情と言える。
「ではローザの遺体を速やかに安置所から医術院に移してくれ。それから記録保持のための魔道士の手配も頼む。全ては僕の命令であると各所に伝えてくれ」
(くっそ、やっぱりかっこいい……)
ルークの横顔を盗み見ながら、マリアージュはとくとくと高鳴る心臓を必死に落ち着けようとしていた。
つい半日前まで、マリアージュはこの金のルークに恋焦がれてやまなかったのだ。前世の記憶が蘇ったとは言え、そう簡単に気持ちを切り替えるのは難しい。
「それじゃあメメーリヤ様から受けた祝福とやらに期待させてもらおうかな、マリアージュ」
「!」
気づけばいつの間にかルークが至近距離まで近づいて、したり顔でウィンクしていた。
たったそれだけの仕草だけで、マリアージュの顔がカーッと熱くなる。
――ダメよ。ダメよ、マリアージュ。冷静になるのよ。
今私が為すべきことはルークに夢中になることじゃない。
若くして殺されてしまったローザの無念を晴らすこと。
それこそが最優先すべき使命よ……。
マリアージュは自分の頬を両手でパンパンと軽くはたきながら、頭の中を法医学者のそれに素早く切り替える。
運命を変える一歩は―――ここから始まるのだから。
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