第13話-優しさの真ん中

 晴翔の“謙吾離れ”は無事成功し、あれ程晴翔に執着していたのが嘘のように、謙吾は静かになった。

 作り笑顔を浮かべることは少なくなり、素の淡白な性格とスッキリとした顔立ちが本来の魅力を引き立てていた。

 よって、最近では二日に一回程度のペースで次々と女子から呼び出される日々が続いているのだが、見事に全員を振っていた。

 昼休み、晴翔は母お手製のサンドイッチを食べようと、ランチボックスを教室で開けた。

 二日間あるテスト期間の二日目で、午後は学園祭の出し物についてと、その係を決める事になっていた。

「はるるーん、一緒に食べよー」

 教室の出入り口から呼ぶ声が聞こえて顔を上げると、結衣と閑架、勇哉が弁当を片手に手を振っている。典昭は電話をしているらしかった。

「あ、どっか行く?」

「え、ねぇ、あの辺って空いてる?」

「あ、ゆゆカプとののカプじゃん!空いてる空いてる!使っていいよー」

「結衣ちゃんものんちゃんもまじかわいい〜」

「えへ、ありがとー」

「ありがと」

 と、入り口付近にいた女子達に確認を取った結衣は、3人を引き連れて教室内へとやって来た。

 ついでのように褒められる見た目に対して、閑架はそれはもう面倒臭そうに感謝の言葉を述べた。

 顔に出ているのだ。

「よいしょー、ここで食べよー」

「あ、はい」

「晴翔びっくりしちゃってんじゃん」

「なんか晴翔と昼食べるの久々かも」

「セコムが独り占めしてたもんね」

「最近どしたの、アイツ。静かじゃん」

「ああ、振ったから」

「そっかー、振ったのかー」

「……振った⁈」

 何気なく放たれた言葉の衝撃は晴翔の想定よりも大きかったらしく、驚いた晴翔は「あ、はい」と機械のように繰り返した。

「ゆっチ、声おっきい」

「いや、ビビるっしょ!」

「ビビるけども」

「つか、いつ告られてたの」

「え?結構前。いつだったかな」

「待って!嘘だと思って聞き流してたけど、あの噂マジだったって事じゃん!」

「噂?」

「ほら、ゆーやも聞いたやつ!安海が空き教室にはるるん連れ込んだってやつ!」

「……あ、アレ!あ、マジ⁈」

「あ、うん、はい」

 結衣と勇哉の勢いが凄まじく、晴翔は圧倒されっぱなしである。閑架はそれを窘める事もせず、黙々と小さなおにぎりと卵焼き、ミニトマトを小さな口に運んでいた。

「勇哉と結衣、声デケェ。廊下まで響いてる。のんは少しは興味持ちなさい」

「お腹空いてるから仕方なくない?」

「あ、はい」

 閑架の強気姿勢は相変わらずで、この騒がしさが晴翔には嬉しかった。

「なんか、やっぱ楽しいね」

 へにゃりと笑った晴翔を見て、大丈夫そうだ、と四人は安堵する。

 人伝に謙吾と晴翔の関係に変化があったことは聞いていたものの、本人から聞くまでは触れないようにしていたのだが、晴翔とゆっくり話す時間も取れずにいた。

 晴翔が四人を避けていたなどではなく、adattarsizmの新作コレクションのフィッティングや、晴翔の定期検診が重なってしまったのだ。

 そして時間が出来ても、なんやかやとくだらない話やテスト勉強に費やしてしまい、その場にいない謙吾の話には及ばなかったのた。

「そっかー。まぁ、安海も頑張ったんだねぇ」

「なんか、結衣が呼び捨てするの違和感あるね」

「友達じゃない人をあだ名で呼ぶのはキモいっしょ」

 普段は人をあだ名で呼ぶ事の多い結衣だが、それは一応線引きをした上での事だった。

 だが、晴翔ははたと思う。

「謙吾とは友達だった時なくない?」

「はるるんの友達だったじゃん」

「あー、ね」

「今も友達だよ」

「いや、ない」

「晴翔、ドンマイ」

 晴翔の発言は勇哉にバッサリと切り捨てられる。基本的に晴翔の味方である事が多い勇哉だが、こればかりは譲れないらしい。

「いいか、晴翔。男はな、好きな子に振られたらこの世の終わりなんだ」

「俺も男だけど」

「晴翔は恋愛経験ないだろ」

「あ、はい」

 恋愛経験ゼロな晴翔は、そういうものなのか、と勇哉の言葉を聞いて考える。

 好きになるって、物凄く重大なことなんだな、と。

「特に安海なんて、ずーっとお前一筋だった訳だろ?人生の半分お前よ?お前以外見えてなかったんだよ?怖くない⁈」

「話変わっちゃったよ」

「晴翔、いいか?晴翔」

「ん?」

 典昭は晴翔の注意を騒ぎ立てている勇哉から自身へと向けさせ、小声で諭すように話し始めた。

「勇哉の言い方は大袈裟だし、安海は極端だから訂正するけど、好きな子に振られてもこの世は終わらない。けど、そのくらいツラい気持ちにはなる。顔見たくないとか言われた日には、家出したくなる。帰るけどな」

「ほぉ……」

「晴翔の今までで一番つらかった事って何?」

 小さな弁当を完食した閑架は、アーモンドミルクを飲みながら晴翔に訊ねる。

 サンドイッチを齧りながら、晴翔は思い返してみた。

 入退院を繰り返していたこと?

 やっと学校に通えると思ったら、クラスでイジメられた事?

 それとも、謙吾と疎遠になった事?

 思い返してみると、いつも謙吾や両親が支えてくれていたからか、立ち直れない程のつらい出来事はなかったように思う。

 あれ、そういえば、もう一週間経ったのに会いに来ない……————

 と、別のことを考え始めた頭を正し、晴翔は緩く首を振る。

「分かんない……すごく甘やかされてきたのかな。いつも誰かしらが傍にいてくれたから、その時その時でつらいなー、って思ったことはあっても、これが一番!みたいなの、ないかも」

「そうなんだ」

「……いや、俺らまだガキだし、そうそうある訳なくね」

「うちら結構平和に過ごせてるもんね」

「それもそうか。ごめん。忘れていいよ」

「え?あ、はい」

 なんだったんだ、と晴翔は思いつつ、普通ならよかった、と胸を撫で下ろした。


***


 「じゃあ、うちら二年三組は、屋外スペースの争奪戦に参加し、獲得できたら焼きそばと焼き鳥の販売をするってのでオーケー?」

「オッケー!」

 乗り気な男子が大多数の中、晴翔は一人憂鬱な気持ちでいた。

 屋外での作業となれば、晴翔は熱中症のリスクを負ってでも長袖でいなければならない。日焼け止めなど、直火の前では無力だ。

「あ、木崎は無理するなよ。親御さんからも言われてるから」

 と、担任が気を回して発言すると、それを聞いた一人の男子が残念そうに「そっか、そうだよな」と言った。

「あ、そうか、木崎はダメだな」

「肌弱いもんね」

「太陽ダメなんだっけ?」

「え、ああ、まぁ……でも、俺のことは気にしないで。みんなやりたいやつにしていいよ」

「いや、良くないよ。学祭だよ?楽しんでなんぼなんだから」

「みんな楽しめるやつにしよ。喫茶店にする?」

 と、一度決まった案を一瞬にして撤回し、「みんなが楽しめる」を第一に再考が始まった。晴翔は申し訳ない気持ちでいっぱいになるものの、その優しさを嬉しく思った。

 さりげない思い遣りも常日頃受け取っている晴翔は、このクラスが大好きだった。

「え、せんせ?外はさ、男子と女子の行きたい人何人か行ってさ、他の人教室で喫茶店とかダメなの?」

「無理ではないと思うけど、費用決まってんのに?食材費とかどうすんだ」

「俺ん家から焼き肉のアレ持ってくるよ、でっかいヤツ」

「バーベキューグリル?」

「そうそれ」

 と、一人が提案した。それに乗っかる形で次々と——

「肉は親父が安く卸してくれると思うー」

「野菜なら手配できる」

「小麦いけるよ」

「炭はうちに余してるのあるよ」

 なんて事態に陥り、担任は頭を抱えた。

「ちょいちょいちょい、勝手に頼れるツテでなんとかしようとするな」

「節約じゃん!素敵でしょ?」

「あー、そうね」

 じゃなくて、と盛り上がる生徒諸君を制し、担任は仕事をする。

「まず、流石にバーベキューグリルと炭くらいは学校が貸与します。ちゃんと洗って返せば怒りません」

「知ってる」

「マジ?俺知らなかったんだけど」

「炊事遠足で使ったじゃん」

「あ、アレね」

「静かにしろー。そして、我が校は普通科五クラス、スポーツ特待クラス二クラス、特進クラス一クラスの計八クラスが三学年、全二十四クラスあり、屋外展示の枠は各学年二枠です。必ず勝ち取れる訳ではありません」

「決め方は?じゃんけん?」

「公平にくじ引きです」

「異議あり!」

「不正出来るじゃん!」

「しねぇわ!」

 騒がしいなぁ、と思いながら、晴翔は楽しみな気持ちが増していた。

 去年はクラスでモザイク画を作り、それを展示しただけだったのだが、二年生となると飲食物も扱える。より学校行事に参加している、という心地がした。

「えー、だから、とりあえず第一希望は屋外展示で焼き鳥と焼きそば。第二は喫茶店で、屋外展示の時は教室で喫茶店もやりたいって事な?」

「そう!」

「あー、一応次の委員会で聞いてみるよ」

「ありがとー!」

「じゃあ、次は係分けね。お揃いのエプロンとか着けたくない?」

「え、めっちゃいい!私衣装やりたい!」

「調理がいいー」

 頼もしい女子が多く、係決めは滞りなく進んだ。

 特に発言をしていない晴翔だが、サラッと衣装係に振り分けられていた。特に得意ではないのだが、クラスは違えど典昭もそうなるだろうし、持ち帰りの作業が出た時は助けてもらおうと考えた。

「じゃあ、係に分かれて話し合いしてねー」

 と、クラス委員が促すと、それぞれが席を立ち、教室に幾つかの円を作って話し合いを始めた。

「クラTはさ、ユニフォームのにするじゃん」

「腰に巻くだけのってかっこいいけどさ、焼きそばとか焼き鳥って油跳ねるよね?作ったことないけど」

「跳ねる!だから、普通のエプロンの形が良くない?うちも作ったことないけど」

「油飛んだら一発で穴開くよね」

「じゃあ形決まりでしょ。色は?男女で分ける?」

「え、つかさ、ユニフォームの会社にエプロン頼めば早くない?」

「いや、うちらいる意味なくない?」

 楽しそうに交わされる女子の会話のスピードについていけず、晴翔は衣装係を選んだことをすでに後悔していた。

「あ、でもさ、木崎くん的にこういうのがいい!みたいなのある?」

「え!俺?」

 矛先を向けられ、晴翔は頭が真っ白になる。何も考えていなかった、と冷や汗をかいたくらいにして、少し黙り込んでしまった。

 「うん、男子一人じゃん。だから、うちらの意見だけ採用してたらフリッフリになるよ!いいの?」

 が、提示されたそれは頷けるものでなかった。

「よくない」

「でしょ?じゃあ、フリフリはなしで、生地の色何がいいかな」

「あー、夏だし……黄色、とか?」

「ビタミンカラー!かわいいよねぇ。え、クラT何色だっけ」

「水色とかじゃなかった?かわいいやつ」

「水色と黄色とかめっちゃ爽やかじゃん」

「ちょー、男子で黄色嫌いな人いるー?」

「いやー?」

 陽キャ女子恐るべし、と思いながら、晴翔はテキパキと話を進める彼女達を見習いたいとも思った。

「じゃあ黄色にしよっか」

「だね」

 チャイムが鳴り、HRの時間になった。

「続きは次の時に決めるぞー。席戻れー」

 と、担任が声を上げる。その中で誰かが誰かに話しているのが聞こえた。

「お兄ちゃんから聞いたんだけど、転校生来るらしいよ」

 と。

 彼の事だろうか、はたまた、別の人なのだろうか。

 しばらく顔を見ていない、褐色肌の青年を思い出して、晴翔は寂しい気持ちになった。

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青い血の少年は狙われる ユキハラチウヤ @chu_ya11

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