沖田は黒柴のように汚れたポチのシャンプーをとりあえず妻に任せ、出勤後、側近の補佐官に朝の出来事を話してみた。当然誰も信じてはくれなかった、砂金の湧く動画を見せるまでは。このことは公言せず、信頼のおけるごく少数の人間にしか知らせないこととした。

 心ここにあらずの状態で、何とかその日の業務を終えると、沖田は専門家に件の金色物質の鑑定を依頼した。結果はやはり砂金。一応ことの経緯を説明はしたが、学者の硬い頭では理解が追い付かないのか、そもそも頭に話が入らないのか、ロダンの『考える人』よろしく専門家はピクリとも動かなくなったため、沖田はそそくさと退散した。公邸に戻ると、白柴に戻ったポチが玄関でお座りをして待っていた。奥から妻の足音が聞こえた。

「ただいま、フワフワになったな。そろそろお風呂の時期だったからちょうど良かったな」

なんてのんきな話をしていると、妻の園実が声を上ずらせて沖田に問いかけた。

「おかえりなさい。ところで、あれはなんなんですか?ろくに説明もしないでご出勤されたけれど…。もう、どうしたらよいか、本当に…、どうしましょう。」

園実はかなり動揺していた。それはそうだろう、朝から突然日本昔話のようなことが起き、何も説明がないまま夫は出勤、愛犬は泥だらけ。わけのわからないものと一日一緒にいるのはとても不安であったろう。

「すまないな、びっくりしただろう。私も何が何だかわからないから説明のしようもなくてな。」

普通は起こらないことが起きると、人間は意外と騒げずおどおどするしかできない。これは埋め合わせに何かしなければ…。

(そうだ、あの金で何か買ってやるか。いや待てよ、あれは公邸の敷地内で出たものだが、果たして私物化して問題ないものか。だとしてもあんなふうに出てくる砂金は聴いたことがないし。第一、あれは換金しても良いものか…。)

沖田が顎に手を当て考え込んでいると、園実が恐る恐る口を開いた。

「…朝のあれ、ですが。まだ、湧き続けているんですが、どうしましょ…。」

沖田は顔を上げると同時に弾かれたように庭に走った。ポチも追いかけっこに誘われたかのように沖田の後を追う。そこには朝の穴があった場所にこんもりと三十センチ程度の砂金の山ができ、さらに雲海のように砂金が山裾に広がっていた。ザリザリ…と音を立て、砂金の山は大きくなる、崩れるを繰り返している。すると、沖田のふくらはぎになにか柔らかいものがぶつかった。沖田が見下ろすと、ポチがシャベルを加えて足元にお座りしている。ポチがシャベルを乱暴に地面に落とすと、ワン!と一声上げた。

「ポチ…。まさか、掘れってか?」

ワン!

そうだと言わんばかりにポチが吠え、自らも砂金の山の麓を前足で掘り始める。沖田はシャベルを拾い上げ、試しにポチとは反対側の砂金の山の麓にシャベルを突き立てた。しっかりとシャベルの頭に足をかけ、沈みこませる、できるだけ深く。沖田はしっかりとシャベルの柄を握り込み、渾身の力で土を掘り上げた。その瞬間目の前に金色の柱が現れた。まるで間欠泉のように先ほどとは比べ物にならないほどのスピードで砂金が湧き出したのだ。腰を抜かし尻餅をついた沖田の頭、腹に砂金が容赦なく降り注ぐ。何とか砂金から抜け出した沖田に園実は駆け寄った。ポチは早々に安全な場所まで全力で逃げていた。砂金の間欠泉は三メートルほどの高さを維持し、吹き出し続けた。公邸の屋根に砂金の当たる音は近所迷惑になるほど騒がしかった。

 昨晩のことは奇跡的に目撃者がおらず、未だメディアを騒がせるには至らなかったらしい。しかし、いつまでも湧き出る砂金はじわじわと着実に敷地を侵食しているため、早急に対策を講じる必要があった。沖田は財務省へと連絡し(さすがに事の詳細は伏せたが)、さっそくこの突然の恵みを活用するよう指示した。そこからは、ひたすらに砂金を国のために金に換えていった。当然急に潤う国庫に疑惑の眼は向けられ、とんでもない憶測が飛び交い、それこそ総理が怪しい団体とつながり、不正な資金を得ていると話題になった。

(この際なんでも好きに言えばいいさ、こんな絶好の借金返済のチャンスを捨てる訳にはいかない。)

物価の引き下げ、減税、少子化対策の補助金、国債償還、エトセトラ…。やらねばならないことは尽きないのだ。

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