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ピピピピピピピピピ……
目覚まし時計が無情に起床時間を知らせる。二位間程度の睡眠の中で沖田は変わった夢を見た。『はなさかじいさん』の夢だ。
(還暦を迎えようというじじいが、日本昔話の夢を観るなど。)
自分は余程金が欲しいらしい。そうだ、喉から手が出るほど金が欲しいのだ。足元には数時間前と変わらない様子でポチが眠っている。気持ちよさそうに寝息を立て、腹部は規則正しく膨らむ。沖田が静かに頭に触れ撫でると、目を閉じたまま耳だけをぴくぴくと動かした。渇いた笑いが込み上げる。自分でも信じられないが、今はポチにもすがりたい。頭を撫で続けると、ポチは目を開け、こちらを見つめる。
「ポチ」
沖田の呼びかけに、ポチは首をかしげる。
「…ここ掘れわんわん。」
沖田はポチに囁いてみた。ポチは理解不能といった感じで首を左右にかしげる。当然に何も起こらない。
「…馬鹿げてる。第一、あれは犬が自ら見つけるんだよな。人に掘れって言われて、やるんじゃないもんな。」
「ワン!」
ポチは一声上げると、歩き出した。爪の音が廊下に響く。ポチの足音が止まる。沖田が様子を見に行くと、ポチは引っ掻いていた、自分の食器の縁を。…朝食には少し早いが仕方がない、飯にしよう。
ワンワンワン‼ワン、ワン!
沖田が出勤の準備をしていると、外でポチが吠える。ポチは普段から大人しく、近所迷惑になるような吠え方はしない犬だったため、珍しいこともあるものだ。朝食が足りなかっただろうか、庭で粗相をしてしまったのか。なんにしても、このまま吠え続けるなら近所迷惑になりかねないため、沖田はポチの様子を見に庭に向かった。
ポチはひたすら庭を掘っていた。ある一点を掘り続けていた。綺麗に敷いた芝生は盛大に捲れ、ポチ自身も真っ白な毛を茶色に染め上げて穴掘りに勤しんでいた。…勘弁してほしい。可愛くて仕方がない愛犬でも、出勤前の、よりによって時間のないときに問題を起こされてはがっかりを通り越し、げんなりしてしまう。沖田はポチに駆け寄り声をかける。
「ポチ、どうした。お前らしくもない。なんか変なのがいたのか?モグラか?」
ポチは沖田の問いかけには顔も上げず、さらに地面を掘り続ける。それはそれは一心に掘り続ける。沖田は基本的にポチには声を荒げて叱ってこなかったが、今回ばかりは、少し強めの躾が必要な様子である。
「ポチ!いい加減にしろ‼めっ!ばっちくなるよ!」
沖田はポチの首輪を掴み、やや上に持ち上げながら穴から遠ざけた。ポチはそれでも、浮きあがった前足を動かすことをやめてはいなかった。そんなにこの穴には、犬を虜にする何かがあるのかと、沖田は穴をのぞき込んだ。
きらり…
何かが朝日を反射した。穴の底に、わずかに金色の部分があった。よく目を凝らすと、金色は動いていた。そして金色はどんどんと、ポチの掘った穴の中をせりあがってくる。いつの間にか、ポチは前足を動かすのをやめ、一仕事終えた達成感いっぱいの顔で沖田に笑いかけていた。それはそれは笑顔で。ポチの前足を着地させ、沖田は恐る恐る金色の物体に手を伸ばす。それらはレンズ豆~大豆ほどの大きさで(物によってはソラマメ大)、表面はゴツゴツしているが金色で光沢があり、大きさにしてはずっしりと重い。スコップでさらに穴を深く掘ると、金色の物体は勢いよくモリモリと湧いてきた。これは、おそらく金、砂金だ。
「ポチ、お前。」
令和のはなさかじいさんが誕生した瞬間であった。
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