第2話 幼なじみ
木の下より呆れた声がかかった。
「二人とも、禁足地の御神木である槐の木に登って何しているんだ」
見下ろすと、野次馬目的で登った御神木の囲いの外に――深緑色の守兵衣を褐色肌に身に纏い、肩までの金茶髪を一つにまとめた青年――冬義がいた。
紅花のもう一人の幼なじみでもある。
紅花は暗器を懐にそっと戻した。
「何しているって、噂の海向人拝みに来たんだよ。なっ、紅花」
孝凱お得意の太陽のような笑顔を向けてくる。その途端、心の奥底で眠っていた感情が浮上するのを感じた。
この
咄嗟に顔を背け、感情を奥底に押し込む。
「こいつの言葉を追加修正するなら、あたしはこいつに無理やり連れてこられただけだ」
この思いを隠そうと、憎まれ口が咄嗟に出るのも慣れたもの。
「俺と一緒に御神木に登って野次馬した奴が何を言う」
……た、確かに。
「お前達喧嘩してないでそろそろ降りろ。何度も言うが、ここは禁足地、見つかったら大目玉喰らうぞ」
二人は掛け合いを止めると、枝から跳躍し地面に降り立つ。
「っっ……危ないな。孝凱はともかく、紅花は女の子なんだから静かに降りろ。昔から何度も口を酸っぱく言ってるじゃないか」
母親のように注意をしてくる冬義に紅花は冷めた顔をする。
(か弱い女じゃあるまいし、お淑やかに降りるのは性分じゃないんだが…)
そこへ孝凱は冬義の両肩をガシッと掴み、真剣な眼差しで詰め寄った。
「っなんだ、孝っ」
「冬義、お前は間違っている。紅花は女じゃねぇだろ」
「……バカ」
冬義が額に手を当て呟いた瞬間、一瞬の速さで孝凱の足の前に何者かの片足がかかり、その勢いで前からドスンと音ともに前ののめりに倒れる。
「っっっっっ紅花、てめぇぇぇ、痛てぇだろうがっっ」
涙目で地面から起き上がる孝凱に棒読みで返す。
「悪いな。短足なお前と違って、あたしの足は長いんでな。ついぶつかってしまった。すまんすまん」
「こぉんの糞女…」
「二人共」
普段より一段と低い冬義の声音に、喧嘩真っ最中の二人はビクッと体を震わせた。
「いい加減にしろよ。毎度毎度お前らの喧嘩の仲裁に入る俺の身にもなれ」
「「……はい」」
二人とも青ざめながら頷いた。
―――――――――――――――――――――
冬義からそこに正座しろと、いつもの説教体制が入った瞬間、孝凱は察したように「店番があるんだった」と適当な言い訳を叫びそそくさと逃げるように帰っていった。
(あいつ、自分だけ逃げやがった)
「……あいつ、逃げたな。まぁいい。紅花に用事があったんだ」
「用事?」
「
「母上から?」
「ああ。緊急花族会議に出席せよとのことだ」
花族会議とは本家と六つの傍系の当主の集まりからなる会議のことである。主に一族全体のことについて議論し、決定する場でもある。
「しかし白花との面会が」
「それは延期にすると言っていた。きっと件の海向人のことだろうな。外門守兵の隊長である君に話があるんだろう」
「…早いな。花族全当主にまでその情報は回っているのか」
「うちの隊長も召集を受けたからあとで会うだろう」
宇郷には外門、郷内、四季宮の三つの区域を守る守備兵がいる。紅花は外門守兵隊長であり、冬義は郷内の守兵副隊長である。
「ということは、隊長全員呼ばれている可能性があるな。わかった、花族会議に向かおう」
「召集の時刻は巳の刻だそうだ。急いで向かった方が良い」
紅花が夏宮に向かったのが一刻前だったな。
「わかった、守兵衣に着替えてから向かうとする」
そう言い、紅花は冬義と別れた。
冬義は紅花の後ろ姿をしばらく見つめた後、後方の会話の内容に耳がとまった。
『あの能無しが。本家直系でありながら禁足地の御神木に木登りとはな』
『あの族長の娘だしな。血は争えないものだ。これから花族はどうなるのやら』
『そもそも花能者であられた先代の命令でなければ、あの能無しを族長になんか』
傍系の者たちだな。
ああやって、本家ひいては現族長の不平不満を紅花にぶつける。
花能者ではない岐冴様が族長の座についてから、本家と傍系の関係はより一層悪化したと聞く。
それほどまでにこの郷は花能を至上主義としている。
代々一族同士でお互いの家から花能者を何人輩出させるかで正統性を示してきた。
現時点では本家直系が一族の中でもダントツに花能者の輩出が多かったため、傍系の者たちも文句言いながらも本家に渋々従っているようであった。
罵詈雑言を吐き続ける彼らを横目に見ながら、冬義はその場を離れた。
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