幻島の紅花の一生

佐波 青

第1話 最悪な男との出会い

花 紅花――本家直系の長姫でありながら、能なしの片割れ


幼い頃より、郷で言われ続けた蔑称。

宇郷ここで生きている限り、一生その言葉に縛ら続ける人生。




だまれ………だまれだまれだまれっ!!

こんなクソ郷っ、こっちから願い下げだ!

いつか必ず脱走してやるっ!




――――――――――――――――――――――



「っ、おい……おい!紅花こうかっ!!」

肩上で綺麗に揃えられた黒髪の少女は、慌てて追いかけてくる青年を振り返った。振り向きざまに黒髪の隙間から耳介に沿って並ぶ真珠の耳飾りが覗く。

孝凱こうがい……何度も言わせるな、白花びゃくかに会わせるのは無理だ」

双子の妹である白花に会い夏宮に向かっているところであった。


白花はこの宇郷で代々守り受け継いできた稀少な異能の持ち主だ。

その異能の名は「花能かのう」。

色彩鮮やかな一個体の花を頭に根付かせ、花本来の特性を体現することができる力のことだ。

例えるなら水仙の花能者の頭に咲く水仙の花、葉、茎に触れると、野に咲く水仙のようにたちまちかぶれたり、食すことで食中毒に陥ってしまう。

このように花能者は常人ではあり得ない能力を持つ者たちのことである。千年前だと村人全員が異能者だったそうだが、ここ最近の花能者の数は年々減少している。また約百年前の海向人による誘拐事件を発端に異能を持たない『能無し』によって異能者の保護を名目に花能者達は異能の花を開花させると親元から引き離され四季宮にある春宮、夏宮、秋宮、冬宮の四つの宮のいずれかに隔離されるようになった。

そのため血の繋がる家族といえど頻繁に会うことは叶わず、必ず申請を出しからの面会となる。その面会も毎年一回、家族のみに許されていた。

白花はわずか十で開花したため、『能無し』である紅花は十一の時から年一回の貴重な面会を欠かしたことがなかった。


そして不幸なことにこの幼なじみは白花びゃくかに八つの頃より長く重ったるい片思いしており、紅花もそのことは承知の上であったため、面会の日付が迫る度に、手練れの護衛が数十人闊歩する夏宮にいる白花会わせてくれと叶うはずのない頼みごとをしてきた。

どうやら恋というものは人間を愚かにもまた忍耐強く諦めの悪い性格たちにしてしまうらしい。

しかしこの郷では花能者と無花能者の婚姻は認められていない。花能者には花能者を。無花能者には無花能者を。優れた血を持つ子孫を残すため、宇郷では絶対的規則だった。よって『能無し』の孝凱は白花と一緒になることは一生叶わないのだ。


「っそっそれはいつか叶えてくれ。いやっ、そうじゃねぇよっ!大変なことが起きたんだよっ!!」

「…大変なのこと?」

海向人かいこうじんだ!」

海向人とは文字通り、海の向かうから来た異人という意味だ。

『海向人は恐ろしいやつらさ。奴らに捕まったら最後郷の皆が皆殺しなるんだ……決して郷の外門から出てはいけないよ』



―――――――――――――――――――――

 

孝凱に無理やり引っ張られる形で向かった外門には大勢の人でごった返していた。


「何だ、この人の数は」

「紅花っ、こっちの方がよく見える!」


外門近くの木に悠々と登り始める孝凱に習い、若葉色の襦裙を卓仕上げ、日に焼けた柔肌をなんともせず器用に登り、孝凱の真上の枝の幹にしゃがむ。


「おいおい、いい歳した女がそんなに衣卓仕上げんな」

「なら、いい歳した男が女を木登りに誘導するな」

「……白花なら『手伝って』って甘えてきそうもんなのに。お前ときたら、やすやすと登りやがって」

「そもそも白は怠惰だからここにも来ない」

「まぁ、そうかもな」

「海向人なんて、いったい何年振りだ?」

「ああ、それが百年振りだとよ」

「へぇー孝凱お前にしては詳しいな……」

「お察しの通り情報源は冬義だよ……なんせ百年振りの海向人の来訪だ、先ほど冬義も駆り出されたらしいぜ。どうやらその海向人、エライ背が高い奴だとか」

「へぇー」


烏合の衆を注視すると、群れの中心に妙な男がいるのを見つける。

ぼさっとした巻毛に、広い背中を丸めた猫背に見慣れない薄汚れた衣を身につけており、衛兵に縄をかけられている。

恐らくあいつだろ。

男はアワアワした様子で周りをキョロキョロと見渡している。


「あれか?なんというか鈍臭さそうな海向人だなぁ」

「そうだな………………っ!」


急に男から得も言われぬ一閃の眼差しが感じた。

無意識に、太腿に忍ばせている暗器を掴む。

その男の眼差しにじわりと背中に汗が流れるのを感じた。

ドクンドクンドクンドクンドクンっ

紅花の緊張が最高潮に高まり、心臓の高鳴りが耳奥まで響き渡る。


「っ…………うわわぁぁ……いたた」

 

衛兵に引っ張られると同時に、男は無様につんのめり前のめりに倒れた。

先程の一瞬の眼差しが嘘かのように、衛兵に促されのろのろと立ち上がった男は項垂れた様子で歩き始めた。

「……」

「おまっ、なんで暗器なんか持ってんだよ。何と言うか、お婆婆が言う程恐ろしい海向人ぽくねぇな」

「…………ああ、そう、だな」


(見間違い、か?殺気だったよな?)




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