第9話 真・異能

「——以上が、今回の戦闘の結果になります」

「うむ、ご苦労」


 不知火の報告を受け、仰々しく椅子に座っているヘレン・ウィア・ウォードはノートパソコンで映像を見る。

 そこには、刀に炎を纏わせ、鵺型のビジターを一撃で葬り去る高橋潤の姿が映っている。


「……あり得ないな」


 頬杖を突きながら、ウォードは呟く。

 そう、あり得ない、たかがこの程度でビジターが死ぬのは。

 頭を貫かれようと、体を半分に斬られていようと。

 この程度の損傷ではビジターは消えない。

 ビジターは一定の損傷——正確には元の形から崩れない限り活動を続ける。

 手足を斬ろうが頭を吹き飛ばそうが、元の形が残っているのなら動き続ける。

 例え真っ二つに両断したところで、半分の体がそれぞれ動き戦いを続けるだろう。

 ビジターは凡そ八割の外見的破損がない限り動き続ける。

 八割削らない限りは頭が吹き飛ぼうが下半身消し飛ばそうが動き続ける。

 だがそれが無かった、どういう訳か両断された程度で活動を停止し、灰となって消えた。


「所長」


 思考の海に飛び込みかけた時、書類を持ってきた不知火がウォードに問いかける。


「……なんだ?」


「何故、彼に全てを教えなかったのでしょうか?」



 ビジターと戦う際、高橋潤は意図的に情報を与えられなかった。

 出現するビジターの種類も、倒し方も、どういう行動をとるのかも。

 ヴァリアントたちは知っている。

 百年近く世界をビジターから守っているのだから、情報は集まっている。

 今回現れた鵺型のビジターだが、ヴァリアントには似たようなビジターの情報もある。

 それに、全てのビジターに共通する事項も、だ。

 その問いに、ウォードは答える。


「——口だけなら何とでも言えるだろう?」


 ふっと、笑う。


 夜空の元、ウォードは高橋と対話した。

 結果、高橋潤は戦うという選択肢を取ったが、口だけならば何とでも言える。

 何処かまだ、『自分なら大丈夫』という甘い考えが残っていた。

 或いは、最悪不知火恵に助けてもらえるだろう、という。

 だからウォードはあえて、高橋潤に詳しいことは教えなかった。


「……もし、高橋君が、逃げていたら、どうするつもりだったのですか?」


「……さぁ、な」


 ウォードは、目で不知火に訴える、『聞くな』と。

 ウォードはあの時、高橋を見捨てる気でいた。

 もし、高橋が初めてビジターと戦った際、逃げていたら。



 ――そう、態々こんなことをする意味がわからない。

 だってそうだろう、たかが一異能力者にこんなことを?

 誰だって始めは大したことない、異能に目覚めたての若人等何の役にも立たない。

 不知火とて初めからビジターと戦えた訳ではない。

 先輩に教えられ、母に力の使い方を教えられ――十年たって、戦いに向かったのだ。

 無論他の異能力者もそうだ、最低でも一年は訓練に身を費やす。

 そこから才能の有無、戦闘に向くかどうかを見極める。

 今は整備員として働いている吉田がいい例だ。

 彼とて、今の様にただの整備員になりたかったわけではない。

 異能そのものは非常に強力だ。

 それこそ、不知火の異能もウォードの異能も限定的にだが完全に扱えるとなれば、その実力は無限大。

 世界を焼く炎を操り。海を凍らせ空から雷の雨を降らし。本人は時速千キロで走り世界各地を転移して回る――

 そんな化け物に鳴り得る可能性を秘めているのが吉田だ。

 だがしかし、彼には致命的に才能がなかった。

 異能そのものは強力無比。だが本人の戦闘センスがない。

 なんなら格ゲーで最弱のNPCにすら負ける程、本人は戦いというモノに向いていない。

 だから彼は二年間修行をした後諦めてヴァリアントの整備員となった。


 そう――実戦に赴くのは最低でも一年の修行の後。

 それを無視し、高橋は戦場に駆り出された。

 無理矢理に戦場に連れていき、戦わせ……使えないのなら切り捨てる。

 まるで悪の組織ではないか。


「こんなことをした理由……それはだな」


 一呼吸置き、ウォードが溜めてから言う。


「勘だ」

「は?」


 余りにもあんまりな理由に、不知火は少しキレた。


「……時折、夢を見るんだ」


 先の、少しふざけた雰囲気をなくし、ウォードは不知火に話す。


「このままじゃ、間に合わなくなる……とな

 それが何かはわからない……だが……無理やりにでも兵を増やさねば、『終わってしまう』と」

「これからは今までの様に日和見ではいられない……無理やりにでも、兵を増やすぞ」





 ■


「——で、これなに?」


 体育館を模した訓練場で、刀を生成する。


 翌日、あの後部屋に帰ってすぐ寝た俺は、今日になって自身の異能について疑問を抱いた。

 その疑問を解消すべく、訓練場で異能の再確認……というわけだ。


 何度か刀を振るったが、あの時の様に炎が出る様子はない。

 普通に藁人形切ってもこっちが折れる、クソがよ。


「ふぅむ……昨日の再現をしてみたらどうだ?」

「というと?」

「不知火、炎を出してくれ」


 はい、と不知火さんが炎を出す。

 かっけぇ。


「よし高橋、剣を振るってみてくれ」

「わかりましたー」


 剣じゃなくて刀なんだけど、と心で呟きながら刀を振るう。


 刀に炎が纏わりつく。


 まるで炎に意思があるかのように、不知火さんの手から出ている炎が刀に向かってくる。

 不知火さんが出している炎はバスケットボール程度の炎だ。

 それが大きくなり、俺の刀に纏わりつく。

 不知火さんが出している炎はまだ残っているまま、どういう訳かまるでわからんが不知火さんの炎はそのまま、そして俺の刀に炎が巻き付いたらしい。


 ……どういうこと?


「……高橋、ちょっと剣を振ってみろ」

「いやこれ剣じゃなくて刀……まぁいいや」


 所長に言われたとおりに刀を振る。

 さっきはこっちが折れるだけの刀は藁人形を斬る――ことはなかった。


 ぽきっと、ちょっと気持ちいい音と共に刀が折れる。

 は?と思わずつぶやく。

 折れた刀は半分程、折れた先端部分は地面に転がり、残りはいまだ炎を纏っている。

 炎が壊れた刀を補強するかのように動き、刀の形を取り戻す。

 赤く燃える刀の完成だ。


「……どういうこと?」


 昨日、ビジターをぶった切った時の攻撃力は何処へ?


「いや……だが……」


 この光景を見て、ウォードさんはブツブツと呟いている。

 いったい何なのか。

 ……雑に考えるなら、ビジターだけぶった切れるとか、夜じゃないと攻撃力が上がらない――とか。

 そういえばもうすぐ昼飯の時間だなぁ、とぼんやり考える。


 ふむ、と考えが纏まったのかウォードさんがこちらを向く。


「よし、詳しいことはわからんがとりあえず、今日も出撃してもらう、覚悟しておけよ」


 今日も戦う、ということに高揚する。

 ……というかわかってないんかい。

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