幕門
ここではないどこか。
空中世界ヴァール。
幾千の空に浮かぶ島々には、それぞれ建物が一つだけ建っている。
それは図書館。
それ一つが島全体を覆い、上から見れば島ではなく図書館が浮いているようにしか見えない程に巨大な物。
図書館の中で、一人の異形が発声する。
「■■■■■」
言語とすら呼べない、意味なき声。
細長い蛇の頭部に、巨大な眼球が一つ。
体中から触手が生え、人の髪の毛程度の細さの髪の毛が幾万と重なり蠢ている。
その触手を器用に使い、本棚から一つ本を手に取る。
手に取った本をその巨大な眼球ではなく、体から生えた細長い触手を動かす。
触手の先端には細長い触手に反して大きい……と言っても人の眼球程度の眼が付いている。
異形の眼と触手を使い、本をパラパラと捲った異形は、満足したのか本を元の位置に戻す。
その後、体中に生えた触手を器用に使い、壁を這い下の階に降り、玄関まで向かう。
異形が何をするでもなく、機械的要素の無い木製の扉は異形が近づくだけで自動的に開かれる。
開かれた扉を潜り、異形はその背から翼を生やし、飛んで行った。
その一連の動作を見ていた異形がもう一人……一体。
「ふむ……」
グネグネと、異形の触手を動かす。
触手を動かす先に映るのは、地球のアニメ。
ここ最近、2010年台に流行った物から、過去に造られた物も。
否、アニメだけではない。
AAスレ、ネットの個人サイト、有名小説投稿サイト、動画配信サイト。
幾千の触手が移し、触手の端の眼球が見る、観る、診る、視る。
それに一貫するのは『物語』があるところだ。
力なき少年が嘆きながらも、力を求め足掻きながら戦う物語。
才能が無いと、半場諦めていた少年がたった一つの出来事で世界を廻る旅をする物語。
神様に転生させられ、物語の世界を観光する物語。
病院で死んだ少年が、精霊と共に笑い合う物語。
最終的にどうやっても死ぬ少女になり、死の運命から逃れんと足掻く物語。
多種多様な物語を見た異形は、満足したのか一斉に画面を消す。
「やはり人類は……面白い」
異形はそう呟く。
幾千どころか幾万、或いは憶にも兆にも、京にも及びそうな物体の集合体。
それがこの異形だ。
メモリーカード、手帳、HDDにSSD。
日記に書類に木の板に。
あらゆる記録媒体が集合し、人の脳みそのような姿を形どっている。
その中心には緑色の眼球が一つだけくっついている。
その脳みその下部分から生える触手はインクに墨汁、人の血に土。
それら、『文字』を形どれるモノが集まり、日本語に英語にヘブライ語、創作言語等の人の言語が多種多様な言葉の形になり触手上になっている。
ここではない何処からから飛来せし者。
世界を汚す父祖より生まれた長男。
遥かとおけき彼方より、全てを知るべく来た
記憶と記録を司る者。
ひと際大きな画面が異形の前に映し出される。
映る先に居るのは、少年と少女に、美女が一人。
外見通りの年齢の者はまだ十七の者二人のみ。
外見年齢は二十過ぎ程度に見えない者は、既に八十を超えている。
少年が刀を創り出し、振るう様を見て異形は歓喜する。
「私は用意してないぞ」
自身の知らぬ力、管理できぬ力。
そのことに異形は――
「素晴らしい!」
歓喜する。
文字の触手が飛び散り、密度が小さくなり巨大な触手となる。
脳みそも拡散し、巨大な薄っぺらい脳となる。
「嗚呼、嗚呼!なんと素晴らしきことか!なんと悲しきことか!
世界はまだ、未知に溢れている!」
異形は歓喜し続けた。
自身が歓喜する姿を、同じく何処かから来た者に見られていることを気にもせず。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます