第八話 初めての戦闘
「グルルゥオオ!」
猿の口が大きく開かれ、そこに炎が集う。
口から炎が噴き出す訳ではない、どういう訳か虫が集まるかのように周囲から小さい火の粉が集まり、一つの炎となる。
熱を感じる間も無く、炎が噴き出される。
あっ死んだ、そう思う寸前に炎によって防がれる。
炎を炎で防ぐという、物理法則に喧嘩を売る所業を成したのは、不知火さんだ。
片手で炎を防壁の様に生成し、防いでいる。
実際には数秒、一分にも満たないであろう光景だったが、俺にとっては何時間にも感じられた。
恐怖を抱くことなく、「美しい」と
鵺が炎を吐くのをやめると同時に、不知火さんが手を差し出す。
「——大丈夫?」
あの時、助けられた様に。
何もない俺は――
「——ふん!」
刀を生成し、それを杖代わりにして立ち上がる。
「大丈夫……です!」
若干、いやだいぶ足が震えるが頑張って無視する。
それを見た不知火さんは、「そう」と小さく返事をし、鵺に顔を向ける。
「グルワァ!」
鵺が叫び、手を前に突き出し突っ込んでくる。
その姿勢でどう動いてるんだ、と思えばよく見ると蝙蝠の翼が体を動かしている。
「だから物理法則何処行った!」
明らかこのサイズの翼で体を動かすには――というか動かしたところでこう動くわけがないが、別世界からやってきた怪物はこの世界の法則を無視して動く。
不知火さんと俺、綺麗に左右に分かれ避ける。
前の俺だと考えられない跳躍で、俺はこの丘の下に、不知火さんは上の方に。
運が悪く、俺のが鵺に誓う。
さぁて、どうする?
刀を剣道の様に構えながら、考える。
刀の攻撃力は無い、ならばできるのは?
眼球に突き刺して攻撃——却下、そこまで精密に刀使えない。
鍔で殴る――却下、たぶん鍔がぶっ壊れてこっちにダメージが入るし、殴っても鵺に傷はつかない。
諦めて不知火さんに任せる――ダメだろ、何でここに来た?
なら今、できるのは?
「グルル」
再び鵺が口を開き、火の粉が集まる。
――これだ!
「うぉぉぉ!」
刀を振りかぶりながら、鵺に突っ込む。
丘を登るのと、丘に生えた芝生が若干邪魔だが関係ない、走る。
俺が近づいているというのに、鵺は炎を溜めるのを辞めない。
腕を振るうことも、尻尾で攻撃することもない。
こちらを侮っているのか、或いは一度溜めると本人ですら解除できず、それ以外の行動ができないのか。
それはわからないが都合がいい。
すぐさま近づけた俺は、刀を口の中に突っ込む。
「おっ……らぁ!」
気合を込めて、刀を炎の中に突っ込み、脳天まで突き刺す。
「ガァァァァァ!」
鵺が叫びながら、転げまわる。
咄嗟に手を離し、離れる。
刀は鵺の口から脳まで貫いている。
「やっ……た?」
転げまわるのも直ぐにヤメ、鵺は口を閉じ刀を折る。
……なんで?
「脳天挿したぞおい!」
思わず叫べば、先のことで怒ったのか、こっちに向かってくる。
最初に突っ込んできたのはお遊びだったのか、視ることはできても体が間に合わない速度だ。
ビュン、という風切り音。
「あ……ありがとう」
炎で推進力を得た不知火さんが、咄嗟に俺を回収し、遠くまで運んでくれたのだ。
……服の襟を掴まれ、飼い猫のように運ばれたのはこの際しょうがないだろう。
「ていうか、あいつ――!」
「ビジターは脳を貫いても、壊しても止まらない……損傷が一手以上にならないと、消えないのよ」
そもそも脳とか内臓があるか怪しいし、と。
「先に言えや!」
そんなこと一言も聞いてないぞボケ!
だがどうする、そうなるともう何もできない。
背後は湖——と言っても小さいが。それに退路を防がれた。
前方には鵺、右に少し走れば森、左は変わらず丘。
……何処に逃げても死ぬな?
森もあるが、木の数は圧倒的に少ないし、ていうかビジターなら木を普通にぶっ壊してくるので何なら危ない。
もう諦めていいんじゃないか?
ほら、すぐ壊れる刀を作る能力で、よくここまでこれたし。
ていうか元が一般人だ、戦いなんて毛ほども知らん高校生だ。
腕もほら、さっき炎の中に突っ込んで火傷してる、正直くそ痛いし。
もう帰って、大人しく家に帰ろう。
怪物と戦えなくても、俺の身体能力は普通の人以上だ、いくら鍛え上げても異能がない人だとたどり着けないし――
「……そこで、待ってて」
不知火さんがそう言い、手から炎を出す。
その言葉に失望はない。
『まぁ、こうなるよな』という、ごく普通の声色だ。
別に嫌われる訳でもないし。
それじゃ駄目だろう
これじゃあ何も変わらない。
無駄に無意義に過ごしてきた人生と何も変わらないじゃないか。
……人は何故生きるのか、という問いがある。
その答えはただ一つ――死ぬためだ。
人間は何時か死ぬ、それは避けようのないモノだ。
十年後か明後日か今か五分後か二秒後か。
何時かは誰にもわからないが、ともかく人は死ぬ。
死ねば全て無意味になる。
|例え世界を改変できる程の発明をしても《トーマス・エジソン
》
それらは死に、いつか忘れらされる。
だから人は『今』を生きる。
一秒後に死ぬとしても、その一秒を懸命に生きる。
明日のことなんて考えるな、『死ぬかも』なんていう、邪魔な思考は忘れろ。
新しく刀を生成する。
新しいのを作ったせいで壊れた――鵺の口に残っていた刀も消える。
「不知火さんは下がっててくれ」
格好つけて、刀を構える。
足が震える、だからどうした、震える足を突き動かせ。
手が震えて刀がぶれる、知るか、ぶれながら振るえばいい。
恐怖で前が見えない、だったら心の眼で見ればいい。
「こいつは――俺が倒す!」
刀を振るいながら、鵺に向かって走る。
「えっ」
刀に不知火さんが消していなかった炎が纏わりつくが、知るか。
これまで以上の速度で突っ走り、鵺に接近し――
「——はぁ!」
鵺が虎の腕を交差させ防いたが、それを無視して両断した。
断末魔一つ上げることなく――
■
あり得ない、とこの光景を見ていた者は思った。
矛盾、不理解、不可解、意味不明。
だって、私は用意していない、こんなものは。
否、私以外にも用意できない、こんなものは。
だって矛盾している、私たちの存在意義と。
空から物を落とせば地に落ちるように、水を熱せば蒸発するように。
それが世界の摂理、絶対に覆らない世界法則。
それに喧嘩を売るどころか、両手で中指立てながら罵詈雑言を浴びせる所業だ。
だからこそ面白い、とナニカは笑った。
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