第7話 夜
綺麗な星空だな、と思う。
都会の光が無く、山の頂上付近という空に近い場所だと、夜空が綺麗に見える。
見上げた空には雲一つなく、満月が輝いている。
「どうしたものかなぁ……」
別に戦う必要は無い。
他の人が戦うし、俺のような一般人を徴兵するほど切羽詰まっていないという。
戦えなくても、別の――警察とか消防員とか。
体を使う仕事に付けば、向かうところ敵なしだろう。
戦いたい、ていうのもファンタジーに興奮したからだ。
だから、あんな辛そうな顔をした不知火さんに――
「どーすっべ」
はぁ、とため息をつけば、扉が開く音がする。
「星空を眺めるとは、ロマンチストだな」
出てきたのはウォードさんだ。
軍服ではなく、寝間着だ。
風呂上りなのか、体から少し湯気が見える。
「……湯冷めしますよ」
「なに、問題ないさ」
ハハハ、と笑う。
不知火さんに脅された夜、俺はこの施設の屋上に来ていた。
別に立ち入り禁止とかなく、普通に座る場所もある。
病院の屋上のような雰囲気だが、こういうところは緩いらしい。
「何を悩んでいるんだ?」
「いや……悩んでいると言っても――」
「大方、不知火に戦わなくていいとか言われたんだろう?」
「うぐっ」
図星。
いやまぁ、隠してないけど。
「だか、戦わなくていいというのは、戦っていいということだ」
「……?」
「選択は自由だ――人より力があるからと、それを使うことに拘らなくていい」
「
「君はたまた、運が悪く力を手にしてしまっただけの者だ――力を使うも使わないも、君の自由だ」
「てことは、俺が力を使っていいってことですよね」
「その通りだ!」
大きく、大きな声でウォードさんが叫ぶ。
「選択は自由だ!君は戦うも戦わないも逃げるも!すべてを忘れ平穏に暮らすのもいい!」
「力があるからと、そのことに囚われてはいけない!」
「極論、君が力を持っていようが持ってなかろうが!
君がしたいことをすればいい!」
「戦いに向いてない体?頭が悪い?
直ぐに折れる刀を作る異能?
そんなものは関係ない!
この世はいつだってシンプルイズベスト!
やりたいか!やりたくないかだけ!
さぁ、どうする高橋 潤!」
差し出された手を、俺は――
■
「てなわけでよろしくお願いします」
「何がどういう訳???」
翌日、夜。
もう何もかもどうでもよくなって自分に忠実に動くことにした俺はビジターと戦うことにした。
もう何も怖くない。
「……所長」
俺の隣に立つ所長相手に、不知火さんが怪訝な顔をする。
まぁうん、そうなるよね。
「なに、高橋君一人ならまぁ、守れるだろう?」
「ですが――」
「大丈夫だよ、不知火さん――覚悟は出来てる」
強い眼で不知火さんに言う。
正直に言ってしまえば死ぬ覚悟なんてない。
だけど、『変わる』覚悟は出来た――いや、できていた。
あの日、不知火さんに助けられた日から。
自分が自分じゃなくなる覚悟ぐらい。
だから、大丈夫。
「ならいいけど……じゃ、行くわよ」
連れられた先は――うん、わからん。
部屋の壁一面につけられた……扉無き門。
休憩用に置かれたのであろう椅子には何人か、昨日の朝見かけた人たちが何人かいる。
彼ら彼女らは喋っていたり、一人黙々と課題をやっていたりと様々だ。
「……ここは?」
「ここは待機所ね、まぁ休憩してる人もいるけど……」
ここは日本各地に繋がる転移装置があるところ、とのこと。
日本各地……正確には『人口五万人以上の都市』への直通転移門だという。
ヴァリアントの人たちはここから日本各地に飛び、巡回するという。
巡回時にビジターと遭遇すれば退治し、感知した場合は遠距離会話できる異能持ちか普通に電話で連絡し、対処に向かう。
その人が倒せないようなビジターならより強い人に出張って倒してもらう――というらしい。
まぁ、やることは警備員と同じだ。
巡回にはシフトがあり、一日何時間とか決められているらしい。
今いる人はもうすぐ巡回の時間の人か、緊急要請時に直ぐ動ける人とか、単に暇なだけな人とかがいるとのこと。
……ちょっとだけ、ゲームみたいに
警備員とあまり変わらなそうだ。
違うのはほぼ暇であろう警備員と違い確実に戦闘等が起こるということか。
「行くわよ――」
「はい!」
転移門の横に不知火さんはカードキーを挿す。
ピッという電子音が鳴り、扉から靄が湧き出す。
門——というには、余りにも変な形だ。
あれだ、商店街のゲート、それだ。
それに靄が集まり、ファンタジーな扉とかす。
それを潜る。
その先は……公園?
すぐ隣には大きな滑り台が一つ。
丘の上にあるというのに塔を模した遊具を登ってから丘の下まで下るというものだ。
更に滑り台には落ちるのを防止する為の柵が無いため、これを滑ろうものなら確実に落ちる。
何ならカーブもしてるので多分カーブでそのままどこかに飛んでいく。
安全性何処行った?
「——すぐ来る!気を付けて!」
同じように門を潜ってきた不知火さんが叫ぶ。
ふざける暇もなく、空から何かが落ちてくる。
ドスン、と地面を揺らされ、こけてしまう。
何時かの様に倒れ、降ってきた怪物を見上げる。
「グルルルル……」
人を遥かに超える巨体。
凡そ五メートルぐらいか、人を丸のみできるであろう頭部は猿。
筋肉が付き、明らかに何十——あるいは何百という人間を殺してきたであろう歴戦の虎。
パタパタと、その体よりも大きい蝙蝠の翼がはためく。
猿の顔が呻くのに合わせ、蛇の尾が舌を突き出す。
日本においては鵺と呼ばれ、同じような怪物は西洋ではキマイラと呼ばれることもある怪物。
それが今、俺たちの前に現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます