第3話 ヴァリアント

「はい、どうぞ……」

「あ、ありがとう……」


何もねぇ。

それが第一印象。


手渡されたジュース――ペットボトルのまま渡されたそれを、キャップを開けながら部屋を見る。


あるのは小さな机が一つに、椅子が二つ。

後は小さい、一メートルちょい程度の冷蔵庫。


以上、それが不知火さんの家の全て。


ベッドすらありゃしない。

小さな部屋だ。

マンションに連れられた時から何となく察していたが、これは酷い。

学校から徒歩二十分程度の位置にあるが、外見もボロければ中身もボロい。

ボロいアパートに四畳半の一部屋のみ。

風呂どころかシャワーすらない、貧乏の極みのような部屋だ。

よくこんな部屋で暮らせるな、と思う。

というか一人暮らしなのだろうか、両親は?

ベッドもないが、床で寝てるのだろうか。

貧乏大学生が使うような家、というイメージだ。

……というか今更だが男子高校生を家に連れ込んでいいのだろうか。


「——どうしたの?黙ってるけど……そのジュース、嫌いだった?」


苦手な味だった?と優しく問いかける姿は天使の様だ――違うそうじゃない。


「え~と、質問いいか?」

「いいわよ」


キャップを開けながら、質問を考える。

やはり聞くべきは、昨夜のことだろう。


「じゃあ遠慮なく……昨日会った化け物と、『俺が今後も襲われる』ってことに、説明をくれ」

「……昨日あなたがあった化け物は『ビジター』、私たちはそう呼んでるわ

そしてビジターは、私やあなたのような『異能力者』を最優先で襲うの」


出来の悪いラノベか何か?

思わずそう聞きたくなるが、ぐっとこらえる。

不知火の顔は真剣そのもの、冗談を言っているようには見えない。

だがそれよりも、一つ気になることが。


のようなって、言ったけど……もしかして俺も、不知火さんみたいに炎使えるの?」

「……それはわからないわ」

ちょっとワクワクしながら聞けば解答はあいまいなモノ。

「まぁ、百歩譲って昨日の化物と、不知火さんのが超能……異能力者ってことは認める

けど、俺も異能力者ってことは、どう証明するんだ?」

「それは、実際に使ってみてもらわないとわからない」

「おっじゃあ使っていい?」

幼いころ必死でアニメの必殺技を使おうとした感覚を取り戻そうとすると、肩に手を置かれる。

美少女のお手々だひゃっほい。

「やめて、あなたの能力が何かわからない以上、こんな場所で使うのは危険よ」

「……はーい」


ちょっと残念

「まぁ、詳しい話は明日、うちの所長と話してもらうわ……」


所長。

つまり上司がいるわけだ。

アニメの出来事が現実になったんだ。


「明日、てことは放課後にここに来ればいいのか?」

「いや、朝一で所長がいる場所に来てもらうわ」


……はい?


「え、明日学校あるんだけど」

「それはこっちで連絡するから、あなたはそういうの気にしないで

 朝、あなたの家に迎えに行くから、待っててね」


美少女が待っててくれる?!

ギャルゲーか?


「あぁ、制服とかは着てね、家族に怪しまれたら困るでしょう?」

「おう、わかった!」


これまでの不信感は何処へやら、美少女が待っててくれる——その期待に胸を膨らませ、ジュースを一気飲みした。



話すこともなくなったので、部屋から出る。

どういう訳か、不知火さんも一緒に出て来てくれる、嬉しい。


「じゃあ、また明日、高橋君」

「こっちこそ、よろしく、不知火さん」


ガチャり、と不知火さんがカギを閉める。

……あれ?


「え、何で閉めるの」


「何って——あぁ、まぁ……コンビニにでも行くのよ」

取ってつけたような理由だ。

というか明らかに顔が動揺しているのが見てわかる、可愛い。


「じゃあね、高橋君」


逃げるように、不知火さんは走って逃げてしまった。

……逃げる必要は無かったろうに。

直ぐに曲がり、視界から消えた不知火さんのことを考えながら、俺は家に向かった。










――翌日。


「行ってきまーす」


家族には何も話さず、いつも通りに振る舞った。

美少女の家に行ったんだぜ、と自慢をしたいがするのは流石にまずいだろうと思って。


数歩、あるけば曲がり角から不知火さんが現れる。

美少女が待っててくれる――なんとありがたいことか。


「じゃあ、行きましょうか」

「おう!」


何処に行くのか、よくわからないが返事をする。

定番は廃墟か、普通のビルか――大穴でバーなんかもあるかもしれない。


「ああ、手をつないで」

「……えっ」


手をつなぐ。

差し出された手を、思わずじっと見つめてしまう。

それに対し、不知火さんは戸惑う。

いやこっちも戸惑うが、と口に出そうになるが、それよりも不知火さんの方が早い。

「行くわよ」

ガシッと、手を掴まれた。

乱暴な手付きだが、悪意等は感じない。

すべすべした手だ。

箸すら持てそうにない小さい手だ。

見る限り筋肉等ない腕だが――見た目とは裏腹に、結構な力で引っ張られる。

不知火さんに引っ張られながら、角を曲がれば――そこは別世界。


「ふぇあ?!」


思わず叫び、周囲を見渡す。

見慣れた住宅街から、見知らぬ土地。

目の前には白い、大きな建物だ。

コの字型で五階建てという立派な建物だ。

壁には汚れ一つない、真っ白な建物は病院を想起させる。


ばっと、後ろを振り向けばそこは階段。

下に降りるように何処までも続く階段が、ここを何処か山の上だと伝えてくる。

右に左に顔を動かせば、そこにあるのは木々。

山の上に建てられた建物、というわけだ。


「えっ待ってここ何処どういうこと」


瞬間移動、ワープ、異世界転移——まるで分らない現象に、恐怖に襲われる。

だってそうだろう、見慣れた角を曲がれば別の場所、何て。

ホラー漫画か何かとしか思えない。


「そういうのも、所長が説明するわ……さ、これ着けて」

そういって差し出されたのは、来客用のカードだ。

胸から下げれるように紐が付いており、カードは真っ黒である。

来賓用の文字等ない、黒だけのカードである。


「わ、わかった」


今だ混乱する中、首にかける。


「それ落したりしないでね、から」

「ああわかっ……今なんて?」

「死ぬって言ったのよ」


ワー塩対応。

嫌われるようなことしたかしら。


「じゃ、行くわよ」


数分、無言で歩き施設が目の前に迫る。

入り口は小さく、少し大きめのデパート程度の大きさだ。

施設のサイズからして大人数が来そうものだが、この程度で大丈夫か心配になるレベルだ。


自動扉をくぐれば、そこには人型の機械が。

まん丸の顔に、胸には画面。

下半身は何故か自動お掃除ロボのような――というかそれそのものが付いている。

その両手はマシンガン。


えっマシンガン?


「えっなに?!撃たれる?!」

「そのカード落とせば撃たれるわ」

「落とすと撃たれるの?!」


思わずぎゅっと、カードを握る。

それを見かねてか、ロボットがこちらまで走ってくる。

すぅっと、自然に後ろに下がってしまう。

不知火さんを盾にしそうになるが、寸前にやめる。

そのまま機械は、こちらを気にすることもなく走り去っていった。

何処行くねーん。


「襲ってはこないから、気にしないで」

「これを気にしないのは無理があると……あっ待って」


すたすたと、こっちを無視して歩き出した不知火さんを追う。

というか銃とか、明らかに銃刀法違反だが問題ないのだろうか。


受付すらないホールを真っ直ぐ進めば、エレベーター。

三つ並んでおり、うち二つは起動中だ。

……何故か電光掲示板式で、フロア100とかわけわからん表示してるのは突っ込んでいいのだろうか。

俺から見て一番左の所に入る。

待つことなく、直ぐに扉が開き、入る。

カチャカチャと、不知火さんがキーを弄る。

これまた何故か、ボタン形式ではなく数字入力式だ。

ATM等の、四桁の数字を入力する奴だ。

……外見は四階建てだったが、地下がそんなにあるのだろうか。


すらすらと不知火さんが入力し、決定ボタンを押す。


「ついたわ」

「えっ……今動いた?」


エレベーター特有の浮遊感を感じることなく、直ぐに到着する。

そもそも例え一階分だけ移動するにしても時間があまりにも立ってなさすぎる気がするが。


疑問を他所に、扉が動く。

開けばそこは、ホールとはまるで違う場所。

一面ガラス張りの、プライバシーもへったくれもないような場所だ。

机一つなく、棚も椅子もないのを見ると景観用の部屋かと思う。

実際ガラスの向こう側からは雄大な自然が見えていることだし。


「おっ、来たか」


くるり、と人がこちらを向く。

まるで気づかなかった。

背景と同化でもしていたのか、気配一つ感じさせなかった人物は、声を出すと同時に強い印象を与えてくる。

真っ白な衣服だ。

一言で言えば、軍服だ。

ただ日本のもアメリカにも、ドイツにも該当しない、コスプレのような軍服だ。

軍帽は被っておらず、肩には星一つない。

スパゲッティとかカレーうどん食う時難儀しそうだな、なんて場違いなことを考えてしまう。

真っ白な軍服の中、異色を放つのは金髪。

黄金色の髪が白い軍服の上を舞い、青い眼が俺を強く見ている。


「ようこそ――『ヴァリアント』へ!」


金髪の女軍人は、叫んだ。

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