第2話 日常崩壊

「潤!起きなさーい」


「──はぁ!」


 はぁ、はぁ、と何度も息を吐く。

 一介から聞こえてきた声に、目を覚ます。

 そこは、いつも使っている自分の部屋だ。


 家族三人で暮らしている、いつもの家。

 もしさ昨夜のことは夢だったのか、と頬を触れば痛みが走る。

 手を見れば、そこには乾き始めた血が。


 やはり昨夜のことは夢でなく現実だった。

 その事実に恐怖しながら、足を動かし居間にたどり着く。

 おはよう、という家族の言葉に軽く返事をし、何があったか考える。

 どうやって家に帰って来たのか、正直覚えていない。

 "逃げなくては"という恐怖に駆られ、足を動かし続けたことだけは覚えている。

 階段を降りれば、筋肉痛か足が痛む。


 朝九時ごろ──学校でホームルームが始まるまで、ずっと昨夜のことを考えていた。

 夢でないとするなら、ただの暴漢に襲われたのを化け物に襲われたと勘違いしていたのか、そもそも化け物も暴漢もおらず、勝手に逃げてただけなのか。

 最後にあった炎の化物は、何だったのか──


 考えても意味のない、終わったことを考えていた。

 朝食を食べる時も、登校するときもほぼ無意識で体が動いていた。

 正しく"目が覚めた"といえるのは、朝のホームルームだ。


「え~、転校生を紹介します」


 眼鏡をかけた、少し太った先生が言う。

 高校で転校生とは珍しい。

 他の生徒もざわざわと騒ぐが、俺だけはちゃんと見ていなかった。


 その転校生が、入ってくるまでは。


 シーン、と静まり返る。

 美少女──そう呼ぶにふさわしい美。

 誰もが負けを認めるような、一部の憎むしかできないような人間以外なら認めざる負えない美貌。

 日本人とはいえ、黒い髪に黒い眼。

 茶色が混じっていたりすることもない純粋な黒。

 黒とは正反対の白い肌に、赤い唇。

 手足を晒し、傷一つない綺麗な肌。


 先生が静寂の中カツカツとチョークで名前を書く。


「え~、転校生の不知火しらぬい めぐみさんだ

仲良くするように」


「不知火です、短い間ですが、よろしくお願いします」


おぉーと、クラスが騒ぐ。

その中、俺だけは別のことを考えていた。


人だ。


目の前で確認するまでは、ずっと昨日蛸の化物と炎の化物に遭遇したと思い込んでいたけど、ようやく思い出した。

昨日会ったのは、タコの化物とこの美少女だ──と。


クラスが騒ぐ中、ゆっくりと不知火さんが歩いてくる。

丁度、俺の後ろにある新しい机に向かって。

ふと、俺の隣を通る時に、俺にだけ聞こえるように声を出す。


「──放課後、話しましょう」


と。

なんでもないことのように、耳元で言われた俺は──





「で、話しってなんだ?」


放課後、誰もいなくなった教室で不知火に話しかける。

本来なら何人か教室で話していたりする時間だが──何故か今日は誰もがすぐに動き、教室から出ていった。


しかも喋ることもなく、直ぐに、だ。

どんなニブちんでも流石にわかる、不知火が何かしたのだと。


「……その前に、何か言うことがあるんじゃないかしら」


ムスッと、あからさまに不機嫌そうになる。

そんな顔をされても、思い当たる節など──


「あ──昨日逃げたこと、怒ってる?」


いやあった、バリバリあった。

昨夜、何もわからず逃げたことぐらいしか。

それしかないので尋ねると、「そうよ」と肯定。


「人を助けて、逃げられたのは初めての経験よ」

「それは……すまん」


軽く謝り──姿勢を正す。


「すまん、昨日逃げて──そして、助けてくれて、ありがとう」


謝罪と、感謝を込めて言う。


「……人を助ける……それが『仕事』だから」


仕事、仕事ねぇ。


「あー、昨日の化物と、転校してきたことに何か関係あるのか?

……ていうか、こういうの聞いていいのか?」


気になることは山盛りだ。

昨夜の化物は何だったのか、そもそも不知火さんは何なのか、炎を使っているように見えたが火炎放射器を持っていたのか──あるいは、超能力者なのか。

ほんの少しの期待と、大きな恐怖を抱えながら問えば、あっけからんと解答する。


「えぇ、聞いていいわよ……あなたももう、当事者だから」

「……ワッツ?」


え?どういうこと?


「えっと、それは化け物に襲われたから……とか?」

「そうね、あなたはこれから、永遠にその『化け物』に追われ続けるわ」


はぁ、という言葉は抑えた。

まるで意味がわからないし、理解したくもない。


「そうね――詳しい話は、私の家でしない?」「いいぜ」


つい脊髄で答えてしまった。

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