第40話
「う、うぐぐ……!!」
それまで赤い光の塊の圧力にも微動だにせず、その力の影響を全く受けていなかったように見えていた美夏だったが、
その塊が暗黒へと変貌し、そして斥力から重力へと変わった瞬間、
美夏と、そしてその周りで美夏を守るように輝いていた極彩色の光までも、暗黒の塊へと激しく吸い込まれ始めた。
「こ、これは。……こ、これじゃ、まるで……ブ、ブラックホール……?!」
と、私の横で明生くんが呻く。
「は、博士!! ま、まさか、貴方はこの世界を、あ、あんなにも守ろうとしていた、この地球を……自然を……!
す、全て消してしまうおつもりなのですか?!」
ズルズルと引きずられながら、榊山さんが叫んだ。
「うはは!! もういらん!! 全ていらんよ!! 貴様らのようなゴミ共が存在する限り、結局は何度も、何度も、何度も 何度も、何度も!!
人間は同じことを繰り返すのだからな!! ならば原始等と言わず、いっそのこと、この地球が生まれる以前にまで戻してしまえばいいのだ!!」
その博士の言葉に反応し、増々強力になった引力が、辺り一体の全てを次々と吸収していった。
「う、うははは……き、消えろ!! 消えてしまえ!! 人間も、自然も、動物も、地球の全て、この世の全て!!」
博士はまるで、精神の糸が完全に切れてしまったかのように、半ば狂気と化した笑顔を浮かべながら絶叫している。
「ていうか、い、嫌だし……そ、そんなの、チョー嫌って感じぃ……!! マジで!! チョーありえないって感じだしぃ!!」
あらゆる物が吸い込まれ始め、部屋中がささくれ立ちながら壊れていく最中で、突然室内に美夏の大声が響き渡った。
「み、美夏?!」
見ると、美夏の周りを取り巻いていた極彩色の光が、美夏の大声に比例するかのようにその大きさを増していた。
そして博士の黒い塊の引力に吸い込まれながらも、吸い込まれる以上に大きさと輝きを増していく。
「キ、キリン……!! き、貴様ぁ!!」
それを見た博士からは笑いが消えて怒声へと代わり、再び激しい怒りの表情になって美夏を睨みつけた。すると、
「――あ……」
それを見た瞬間、私は思い出した。
皆が山で朱実さんを助ける決意を固めた時に、紗弥加さんが言っていた言葉を。
『皆、一つだけ覚えておいて。以前にも言ったけど、大事なのは意思。欠片は意思に反応するの。その強さと思いにね。それを忘れないで』
「意思の強さと、思い……」
「ゆ、由香里ちゃん……?」
引力が引き起こす激しい突風が吹き荒れる中で、それに引きずられないように私の体を必死で支えてくれていた明生くんが、
ぼんやりと言葉を呟いた私を見て心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、明生くん……! 山で紗弥加さんが言っていた事を覚えてる?!」
「え?! や、山で?? え、ええと……」
「さ、紗弥加さん言ってたのよ……欠片は意思に反応するって……! 強い思いに反応するって言ってたの!
だ、だから、きっとあの黒い塊は、博士の思いに反応した欠片の力。……そ、そして、美夏の周りのあの光は、美夏の思いに反応した欠片の力なんだよ!」
「そ、そうか! じ、じゃあ、思いの強さが……力の強さに……!!」
それを聞いて、納得したように明生くんが頷いた。
「あ、明生くん! 私達の思いを、……み、美夏に伝えよう! 美夏、頑張って! 頑張って美夏ーー!!」
「う、ぐ、……ユ、ユカリン……?」
私の声に反応した美夏が、博士の黒い塊の引力に抗いながら、苦しそうにこちらを振り向いた。
「み、美夏ちゃん! 美夏ちゃんは一人じゃないんだよ!! 僕達も一緒に戦うから!」
「思い出して美夏! 山で紗弥加さんが言った事!! 欠片は強い思いに反応するの!! だから一緒に、一緒に頑張ろう、美夏!!」
「ユ、ユカリン……アッキー……」
「うははは! 何が意思だ! 思いだ! そんな物に意味があるか!! 何の価値もない!!
お前達も、そして私自身も、全て意味などないわ!! 全部消えろ!! 消えてしまえ!!」
博士の怒号と共に、黒い塊の引力が今までと比べ物にならない程の強烈な力となって、ついには壊れた部屋の壁を丸ごと引き剥がして吸い込み始めた。
「う、うわわわ?!」
明生くんが私を守ろうとして必死に覆いかぶさりながら堪えたが、持ちこたえられずに、二人ともズルズルと重力の塊へ向かって引きずられてしまう。
そしてその明生くんの足の隙間から、気絶して倒れたままの紗弥加さんと美咲さんも、一緒にズルズルと引きずられていくのが見えた。
「あ、明生くん! さ、紗弥加さんと美咲さんが!!」
「――え?! で、でも……く、クソッ! 動けない……!!」
明生くんが二人を助けようと必死で歯を食いしばり動こうとしたが、
少しでも地面から足を離せば吸い込まれてしまいそうな強烈な引力の勢いに、為す術がなかった。
「さ、紗弥加さん……! 美咲さん!! 起きてぇー!!」
私は必死で呼びかけるが、二人には全く届かない。
「あっ! み、美咲お姉ちゃん?! サヤカッチ?!」
しかし、美夏はそんな二人の引きずられていく姿を見ると同時に、これまで博士に対し足を踏ん張るようにして立っていた姿勢を一気に解いて、
二人のいる場所へ向かって駆け出そうとしてしまった。そして、その瞬間、強力になった重力で体が浮いて踏ん張る場所が無くなってしまった美夏は、
黒い塊へ向かい一気に転がるように吸い込まれ始めてしまった。
「み、美夏?! い、いやぁーー!!」
私は思わず美夏に向かって駆け出そうとするが、
「ゆ、由香里ちゃん!! だ、だめだ!! 今動いたら、由香里ちゃんまで一緒に吸い込まれてしまう!!」
と、明生くんが必死に私の体を抑え込んだ。
「いやぁ!! 美夏ぁーーーー!!」
紗弥加さん、美咲さん、そして美夏までもが、無抵抗で黒い塊に吸い込まれようとしている。
この絶望的な状況で、私の叫び声だけが虚しく周囲に響き渡った――。
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