第39話
「――な、何が……?!」
私が目を回しながら、飛び込んできた物を見上げると、
「由香里ちゃん大丈夫?! 遅くなってごめん!!」
目の前に見慣れたパグ犬の顔、明生くんの姿があった。
「あ、明生くん?! ど、どうして此処に……?!」
「紗弥加さんがテレパシー伝えてきたんだ! 博士の欠片を奪えなかったから逃げろって! だけど、間に合って良かった!!」
「そ、そうだったのね! 明生くんも無事で良かった! ……っあ、で、でも、紗弥加さんと美咲さんは気が失って
……そ、それに、博士が。……私、欠片と博士の意識を別々にしようと思ったけど、逆効果だったみたいで……」
そう言って、私達が博士の方を見ると、
「は、博士! もうやめて下さい!! 私達のしたいことは、こんなことでは無かったはずです……!!」
と、明生くんと一緒に戻って来ていた榊山さんが、博士に向かって叫んでいた。
「――ぐ、ぐぐ……き、貴様は確か。……そ、そうか。……あの時……初めて石の力が発動した時、そ、それを伝えに来た研究員か。
そ、そう言えば貴様は、あの後すぐに動物へ意識を転送してやったんだったな。……だが、どうしてその貴様が此処に……」
と言いかけて、博士は一瞬沈黙をした。
そして、ブルブルと震えだし、みるみる内に激昂したような怒りの表情へと変わっていった。
「ど、どういうことだ?! セ、センターから人間達の気配が消えている?! そうか、貴様か……貴様がセンターから人間を……!!
う、裏切りおったな!! 許さん……絶対に許さんぞ!!」
博士が怒りの声を上げると、部屋中に放たれていた赤い光の渦がその叫びに呼応するかのように収束して、巨大な塊へと変貌した。
そして、それが私達のいる方へ向かって急速に膨らみながら迫り始めた。
「ゆ、由香里ちゃん!!」
明生くんが私を庇うようにして覆い被さって来た。
「は、博士……あ、貴方は……」
榊山さんは呆然として、その場に立ち尽くしてしまっている。
紗弥加さんと美咲さんは意識を失ったままで、もう立ち上がることも出来ない。
これで終わってしまう……私達も……人類も……。
迫り来る巨大な光の塊の激しい輝きに晒されながら、私は目を瞑った。だが、
――目の前まで迫ってくると思った塊が、いつになっても私達の体に届かない……。
「なんだ貴様……?! ど、どういう事だ!!」
博士の驚いたような声に、私がゆっくり目を開いて前方を見ると、
迫り来る巨大な赤い光の塊に対し、正面から向かい合って押し戻すようにしている一つの影が見えた。
「あ、あれは……! み、美夏ちゃん?!」
「え?!」
その姿は逆光で、はっきりと見えなかったが、明生くんの声を聞いて、私も必死で目を凝らした。
赤く輝く光の塊が部屋の後方にいる皆の居場所まで届こうかという、そのギリギリのところに、
黄色くて長い首を持ち、それでいて小型犬程の大きさしかない、小さな生き物のシルエット、紛れもないキリンの美夏が立ち塞がっていた。
赤い塊の輝きと圧力によって、部屋全体、いや……この研究所自体が激しく揺れて始めているが、
その強大な力を前にしてビクともせずに美夏は立ちふさがっていた。
そしてよく見ると、美夏の周りを幾重もの極彩色の光が覆っていて、それが迫り来る赤い光の膨張を打ち消しているようだった。
「――そうか、分かったぞ……イ、イレギュラーであるとは、こういう事か。
……き、既存の動物に当てはまらない、私の意図していない、その特異な生体波動を持つことで、
私を媒介とした石の力の干渉から外れていたのだな。……お、おのれ……」
「マジで許さないから。……美咲お姉ちゃんや皆に、こんなヒドイ事してさぁ……」
そう言って、美夏は博士を見ながらゆっくりと歩み出した。
「よ、余波の影響で生まれた偶然の産物の分際で……わ、私に……私の意思に逆らうつもりか!!」
「ていうか、意味わかんないしぃ! でもこれ以上は、皆にヒドイ事はさせないって感じぃ!」
言いながら、美夏はどんどんと前へ歩み続ける。建物全体をも揺らす赤く輝く巨大な塊の圧力が、小さな美夏の歩みを止められない。
部屋の殆どを占めていた赤い光の面積は、美夏が進むに連れて段々と押し込まれ、叙々に小さくなっていく。
「や、やめろ……! く、来るな……!!
こ、こんなところで終わってしまえば、わ、私がこれまでに力を尽くしてきた、その全てが
……き、貴様ごときに、こ、こんなくだらない奴らの為に。……ふ、ふざけるな! ふざけるなよ!!
ほ、滅びろ!! この世界を汚すゴミ共は、全て滅びろーー!!」
博士が逆上するように叫ぶと、これまで赤く輝いていた光の塊の色が徐々に暗くなっていき、最終的に暗黒の塊へと変貌した。
そして、部屋にあったテーブルや椅子、さらに壁までもが、粉々に砕け散りながら黒い塊へと吸い込まれ始めた。
「わ、わわわ?!」
強烈な引力に、私達もズルズルと引きずられ始めた。
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