第38話

「よ、よくも、よくもサヤカッチを……! マジ、ムカつくーー!」

そんな紗弥加さんの様子を見て、怒った美夏が博士に向かって飛び出した。


「だ、だめ! 美夏ちゃん!!」

それを見た美咲さんが、美夏を必死に止めようして追いかける。


「キリンか……。やはり山で会ったあの時に、処分をしておくべきだったな」

博士が掴んだ石を高く掲げると、赤い光が一層怪しく、激しく輝き出した。

そして美夏の足元からも、その輝きと同様の光が現れて、その体を包みこもうとした。


「わ、わわ!?」

突然足元から現れた光に、美夏が驚いて声を上げた次の瞬間、


「美香ちゃん!!」

美咲さんが全力で美夏に体当りをして、その体を弾き飛ばした。そして、代わりに自らが赤い輝きに包まれる。


「ああっ!! ああああっーー!!!!」

赤い光に取り込まれた美咲さんは、激しく苦痛の声を上げた。


「――ふん……順序が変わってしまったか。だが、同じ事だ」

そう言って博士は、石に力を込める。


「お、お姉ちゃんーー!! いやぁーー!!」

それを見た、美夏が悲鳴を上げた瞬間、


「神聖なる地の精よ! 我が血の盟約により穢れを祓う障壁と成りて、彼の者を護りたまえ……!」

いつの間にか意識を取り戻していた紗弥加さんが、地の精の詠唱を上げていた。

 その瞬間に美咲さんを包んでいた赤い光は、四方へ飛び散りながら消える。


「――まだ、意識が残っていたか……」

そう言って博士は、紗弥加さんを睨みつけた。


 博士の光から解放された美咲さんは、その場に崩れ落ちるようにして倒れた。


「お、お姉ちゃん! 美咲お姉ちゃんーー!!」

美夏が必死に叫びながら、美咲さんのいる場所まで駆けつける。


 私も急いでそばに駆け寄り、美咲さんの口元に顔を寄せた。

「だ、大丈夫よ、美夏! ちゃんと息はあるわ!」


 見ると紗弥加さんも、一旦は意識を取り戻して詠唱を上げたものの、

そこで全ての力を使い果たしたかのように、倒れてしまっていた。


「み、美咲さん……紗弥加さん……」

ボロボロになりながら倒れている二人の姿が私の目に映る。


「――あ、あんた……い、いい加減にしなさいよ……!! い、一体、どれだけ皆を苦しめたら気が済むの!?

あんたのやっていることは、地球や自然の為なんかじゃないわ!! た、ただの自己満足じゃない!!」

私は震える声で、博士を睨みつけながら叫んだ。


「貴様に何が分かる? もはや手遅れなんだよ。このまま人が生き続ける限り、地球は人間と心中するより他はない」


「ち、違うわ! 人間も地球の一部よ……! き、共生することだって出来るはずよ!!」

と、博士の言葉に私が反論すると、


「ふん。――共生だと? そんなことが……できる訳……が……そ、そんなこと……が……。

ち、違う……わ、私……我々は、ずっと待っていたのだ。……人間が……ち、地球の一部であることに、き、気づく時を。

……だ、だが……ど、どれだけ待って……も……」

突如、博士の言葉がまるで別の意思につき動かされているかのように、不自然な口調へと変わり始めた。


「我々……?」

突然混乱し始めた博士の口調に、私は戸惑った。


「わ、我々は……こ、この世界を、原始に戻す為に……ほ、本来の地球の姿に。……だ、だから、に、人間を、は、排除を……」

博士の言葉は段々に支離滅裂となっていく。


「わ、私は……力を使い、人の……あ、あるまじき行いを、ぜ、是正。……だが足りない。と、止められない……あ、あらゆる場所で訴え。

……し、しかし、未だ多くの者が、り、利己……的に。……だ、だから、我々は……全てを……そ、それは、わ、私の……我々の、意思……」

博士の言葉は、まるで二つの異なる人格が一つの口を通じて発しているように聞こえている。それで私は気がついた。


「――ま、まさか意識を……! か、欠片に意識をコントロールされている?!」


「ど、どれだ……け……つ、伝え……て……も、無駄……全て……」


そこで、私は博士に呼びかけるように叫んだ。

そうすれば、欠片の力と博士の意思が別々になって、力が弱まるかもしれないと思ったからだ。

「――あ、あらゆる場所で訴えてって言ったけど、本当にそうなの?!」


「わ、私、我々は……す、すでに……何……度も……」


「う、嘘よ! まだ足りないのよ……! そういうことを、もっと言ったらいいじゃない! もっと世の中に伝える努力をしたらいいのよ!」


「わ、私の……こ、と……お、お前……に、な……何が……」


「そ、そうやってすぐに見限って、貴方は甘えているんだわ! 貴方が諦めているのは、世の中の人間に対してなんかじゃない!

それは、貴方自身、自分自身に対して諦めてしまっているのよ!!」


「ぐ、ぐぐ……だ、だまれ……だ……まれ、だま……れぇぇーーーー!!」

博士が叫ぶと同時に、赤い光の渦が部屋中に放たれ、突如その一つが凄まじい勢いで私に迫ってきた。


「――あ……」

さ、避けられない……私がそう思ったその瞬間、部屋の中に向かって何かが物凄い勢いで飛び込んできて、

それに巻き込まれた私はゴロゴロと転がるように部屋の隅まで追いやられてしまった。

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