第35話

「な……なんだ?!」

石の輝きは次第に強くなっていき、そしてその輝きが一際大きく増した瞬間、

博士の背後で「ドンッ」と大きな破裂音が響き渡った。


 強い輝きと音に思わず目を瞑ってしまった博士が、ゆっくり目を開きつつ背後を振り返ると、壁ごと破られたドアの向こう側に数体の小さな影が見えた。


「お、お前達は……?! そ、そうか、そういうことか。……この力……もう一人いたのだな。い、いや……むしろお前が本来の……」

少しづつ視界がはっきりしていく博士の目に映ったのは、石に向かって片腕を伸ばし、小さな声で何かを呟いている白い小型犬と、

茶色の子犬、黒猫、そして小さなキリン一頭、計四体の動物達だった。


「キリンさん達の気配に気を取られ過ぎていたようね。時間差で別々に気配を放つようにしておいたから、

貴方がそれを追いかけている隙に気付かれず接近することが出来たわ」

と、欠片の力を発動させる術式の詠唱を終えた紗弥加さんが、博士に向かって言った。


「あたし、いっぱいいたでしょぉ~? 騙されちゃったって感じぃ~?」

と、美夏も博士に向かって自慢気に言う。


「今なら美夏ちゃんを解剖しようとしたことを、許してあげてもいいですわよぉ~~」

と、美咲さんもそれに続いた。


「もう、終わりにしましょう! 動物と意識を交換された人達と、朱実さんを返してもらいます!」

最後に私が博士へ向かって叫んだ。


「なるほど……確かに先刻のドーベルマンよりお前のほうが媒介としての力は数段強いようだ。

あの時……あの森で会った時、すでに騙されていたということか……」

博士が額に汗を滲ませながら苦しそうに呻いた。


「結果としてはそうなるけど、初めから意図していた訳じゃないわ。朱実が勝手にやったことだから」

と、紗弥加さんが答える。


「おのれ……」

博士はブルブルと怒りに震えながら、白く輝く空の意思の欠片を掴み取ろうと、

ガラスケースが壊れてむき出しになっている石へ手を伸ばそうとした。


 しかし、紗弥加さんの術式で発動した欠片の白い輝きによって、石へ触れる寸前に、

まるで見えない力に遮られるようにして博士の手は止まってしまった。


「やめなさい。それ以上近づいたら危険よ。命の保証は出来ない」

と、紗弥加さんが警告する。


「ゆ、許さん……こんな、こんなところで……き、貴様ら等に……」

そう言って、それでも無理矢理に石を掴もうと博士が前進しようとした瞬間、羽織っていた白衣がビリビリと弾けるように千切れ飛んだ。

 

 さらに、その下の皮膚までもが次々と破れ始め、激しく血が吹き出す。

「――ぐ、ぐわああ……?!」

それでも尚、前進を止めようとしない博士は、今度は苦しそうに胸を抑え始めると口からゲボゲボと吐血し始めた。


「う、うわああ……マ、マジで、もうやめなよぉ~! やめたら許すからさぁ~~!」

と、凄惨な状態の博士を見ながら美夏が叫ぶ。


 しかし、そう美夏が叫んだ次の瞬間、これまで苦しそうに胸を抑え血を吐いていた博士の口元が不意に緩んで上へと釣り上がった。

 そして、それまで全く動かすことが出来なかった博士の足と欠片を掴もうとする手が、少しづつ前進を始めた。


「え……す、進んでいる……?! さ、紗弥加さん?!」

博士の異常に気付いた私が、それを伝えようと紗弥加さんの顔を見ると、


「あ、あれは……まさか欠片を自らに?」

と、紗弥加さんが焦燥を隠せない表情で呻いた。


 ――見ると、博士の胸の辺りを中心にして、そこから不気味な赤い輝きが放たれていた。

 それは白く輝く欠片の光を侵食するかのように拡大していき、

 その拡大に比例するかのように、博士の手が欠片へと近づいていった。


「……そうはさせないわ……」

そう言って紗弥加さんは、再び欠片の方向へ手を向けると術の詠唱を始める。


 しかし、先程まで苦痛に顔を歪めていた博士の表情は、すでに落ち着いたものになっていて、

紗弥加さんの行動に対し全く焦る様子もなく、完全に平静を取り戻していた。そして、

「もう遅い……」

そう呟くと、同時にその手が欠片へと到達した。


「――ぐっ……!」

すると今度は逆に、今度は紗弥加さんの方が苦しげに呻きはじめた。


 欠片の白い輝きと博士の赤い輝きはマーブル状に混ざり合い、その光のコントラストが激しく入れ替わっている。


「惜しかったな。……正直今のは、私も少々焦ったよ」

博士が欠片に片手をかけながら、そして、もう一方の手で胸の辺りをさすりつつ、

「もしも石を体に移植していなければ危なかったかも知れんな……」

と、呟いた。


「か、欠片を体に移植……?」

私は震える声で呟く。


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