第34話
「――こ、これって……?!」
陽炎が変形して現れたのは、数頭の小さなキリンの姿だった。どう見ても瓜二つ。正に美夏そのものだった。
「わぁ~、あたしがいっぱいいるって感じぃ~~?」
「素敵ですわねぇ、美夏ちゃん~~」
「さ、紗弥加さん、こ、これは……?」
と、呆然としながら私が尋ねると、
「キリンさんの毛を媒介として、地の意志の力で表象を顕在化させたのよ。要するに、毛の情報を元にして作った3Dの立体映像みたいな物ね」
そう言って紗弥加さんが、数頭の美夏に手を向けながら、
「じゃあ、頑張ってね。キリンさん達」と、言うと、全員が弾かれたように走りだした。すると、
階段を往復していた職員達がすぐさまキリンに気が付いて、その姿を追いかけ始めるが、何頭もの美夏が別方向へバラバラに逃げ回る為、
それを追いかけて、職員も散り散りになっていく。
そして、階段付近から職員達が離れていくのを見計らった紗弥加さんが、
「今よ! 行きましょう!」
と、合図をすると同時に、私達は非常階段へ向かって一気に駈け出した。
――研究所の二階全体が、にわかに騒がしくなっていく。
だが、三階の一室に居ながらにして、紀元博士はその喧騒に気がついていた。
石の力によって、研究所内の全ての職員の意識は管理されているからだった。
石は透明なガラスケースの中に置かれ、薄い輝きを放ちながらその光の色合いを様々に変化させ続けている。
博士が石の力を使う時、石の輝きは赤く変わる。
その色にどのような意味があるのかは分からないが、使う者の精神が影響しているのかも知れない。
そして石には、発見当初と比べ一つの違いがあった。
それは、まるで一部を削り取られてしまったかのように、その大きさが若干小ぶりになっていたということだった。
博士はそんな石を眺めつつ、自らの胸の辺りをしきりにさすっている。
「どういうことだ。突然現れたこの波長はあのイレギュラーのキリンと同じ……。しかし、あれはすでに動物の肉体と意識を統合されていたはず……」
と、訝しりながら博士は呟いた。
そして、キリンの近くにいる一人の職員の意識に自らの意識を同調させていく。
「やはり間違いない……。この形態と特殊な生体の波長は、他の動物ではありえない」
博士は、石の力で完全に意識を同調させた職員の体を使って、その手を前方へかざす。
すると、先刻に森で狼を使った時と同じような赤い光が現れて、逃げまわるキリンの体の周りを渦を巻くようにして包み込んだ。
しばらく渦が巻いているのを確認すると、博士はキリンへ向けていた手をゆっくりと下へ降ろした。
すると次の瞬間、光の渦は消滅して、ボロボロになって倒れている小さなキリンの姿が現れた。
「どうやって侵入したのか知らないが、処理する手間は省けたな……」
と博士が呟くと、同時に石の力のセンサーが、今度は別方角へ反応する感覚を伝えてきた。
石に従い訝しがりながらそちらへ目を向けると、たった今倒したはずのキリンが他の職員に追われながら、
こちらの方へ向かって走って来るのが見えた。
「なんだと……?」
再び、処理したはずのキリンへ目を向けるが、そこには先程と全く同じ姿勢のまま倒れているキリンがいる。
「幻覚か……? いや、それでは、この特殊な生体特有の波長は……」
石のセンサーは、足元で倒れているキリンからも、こちらへ向かって走って来るもう一体のキリンからも、全く同質の波長を感知している。
「一体では無かったということか……」
博士は走ってくるキリンに対して、再び先程と同じ赤い光の渦で包み込んだ。
そして渦が晴れると、同じようにズタボロになったキリンの姿が現れる。
だが次の瞬間、またも石のセンサーから別方向へ対して同種の波長を感知する感覚が、博士の意識へと流れて込んできた。
「な、なんだ、これは?? どういうことだ……」
思わず石の意識が教える方向へ駆け出して、廊下の突き当たりを右へ曲がりその前方を見ると、またも同じ形態、そして全く同じ波長を持つキリンの姿が現れた。
「お、おかしい……。何かが……」
博士はそう言って、一旦職員の体から再び自らの体へと意識を戻し、石の保管してある透明のガラスケースを見つめると、
石が今までに見たことのない白い輝きに包まれていた。
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