第33話
ロビーを通り過ぎてしばらく進むと、ニ階へ続く階段が見える。
「ええと、紗弥加さん~。もしかしてぇ~、ここを登るんですかぁ?」
と、美咲さんが聞く。
「そうね。エレベーターを使えば楽だけど、万が一人が入ってきたり、気付かれてエレベーターを止められでもしたら、
逃げ場がなくなってしまうから。大変だけど、頑張りましょう……」
私達は音を立てないようにしつつ、出来るだけ急いで二十段程を登り切った。
「うああ~、チョー疲れたって感じぃ~」
美夏が息を切らしながら言う。
それは皆も同感だった。人間の時ならいざ知らず、小型犬の短い足での一段は胸の高さ位まであるのだから、無理もないのだ。
「皆お疲れ様。朱実が精神を持って行かれた時に感知した欠片の所在をそのまま辿るとしたら、
さらにこの上の階、三階の奥という事になるのよ。だから、もう少しだけ頑張りましょう」
「ええ~、また階段登るのぉ~~? ヤダァー、チョー苦しいって感じぃ~」
「美夏ちゃん、きっと明生さんと榊山さんも今頃、一所懸命頑張ってますわぁ~。わたくし達も、お二人に負けないように頑張りましょう~~」
「あのさ、美夏。これが終わって、もし人間に戻れたら、私、朱実さん達と出会ったあの街で、美夏に美味しい物を何でも奢ってあげようと思ってるんだけどな~~」
「え?! ユカリン、まじでぇ~?? 本当に何でもぉ~?」
「そうそう。何でも」
「じゃあ~、クレープとかぁ、ティラミスとかぁ~、チーズケーキとかぁ??」
「そうそう。クレープとか、ティラミスとかチーズケーキとか」
「あとぉ~、プリンとかぁ、アイスクリームとかぁ、あんみつとかぁ、たい焼きとかぁ~~??」
「そ、そうそう。プリンとか、アイスクリームとか、あんみつとか、たい焼きとか……」
「それじゃあ、パスタとかぁ~、グラタンとかぁ~、ハンバーグとかぁ~、お寿司とかぁ~~??」
「え? ええと、そ、そんなに、食べる……の?」
「食べるぅ~~、全部食べるぅ~~」
すると、私と美夏のやり取りを聞いていた美咲さんが真顔で言った。
「由香里さん。美夏ちゃんは、本当に食べるのですわぁ~」
「ほ、本当に……?! あの、ご、ごめん。や、やっぱり、そんなに沢山は、ちょっと……」
「え? ダメなの~~?? ふ、ふええ……マジ、チョーショックって感じだしぃ~。もう階段登るのやめるしぃ~~」
と、私の渋った顔を見た美夏が、半べそをかきながらグズりだした。
気が付くと、私の横で紗弥加さんが、まるで責任を取りなさいよと言わんばかりのジットリとした目付きでこちらを見ている。
「うう、わ……分かったわよ……。い、いいわよ、もう……。全部食べていいわよ。好きなだけ食べていいわよーー!!」
と、私がヤケクソで言うと、
「うわぁーい! ユカリン、マジでーー?? チョーうれしいって感じぃ~~!! あたし階段登るしぃー!!」
美夏は一転、一気にハイテンションになって喜び始めた。
「貯金箱のお金、残るかしら……。私、バイトもしてなかったし」
そう言って俯いた私の肩を、紗弥加さんが慰めるようにポンッと軽く叩いた。
――美夏をなだめた私達は、三階へと続く階段の前までやって来た。
しかし、そこで不意に先頭を進む紗弥加さんの足が止まった。
「紗弥加さん、どうし……」と、私が言いかけると、紗弥加さんはシーっと口に手を当てるポーズで私を制止して、
「全員こっちへ……」と、皆を柱の影まで誘導した。
「人が出て来るわ」
すると階段の向かい側のドアが開いて、幾人もの職員が、機材や資料のような物を持ち出しながら、せわしなく動き始めた。
「ど、どうしよう。階段を往復してるみたい……これじゃ、三階へ進めない……」と、私が言うと、
「ねぇねぇ、あのさぁ~。あそこにある非常階段からぁ、三階へ行くとかは出来ないのぉ~?」
と、階段を横切った道の先に見える非常用ランプを見ながら美夏が尋ねた。
すると紗弥加さんは一瞬考えて、
「いいかもね」と答えた。
「え? で、でも紗弥加さん、あそこまで行くには、一度階段の横を通らないといけないし、
あんなに沢山人がいたらすぐに見つかってしまうと思うんですけど……」
と、私が言うと、
「そうね。普通に行けば見つかってしまうわね。ちょっとキリンさん、たてがみの毛を何本かもらってもいいかしら?」
と言って、紗弥加さんは美夏の首の後ろに生えている短い毛に噛み付き、一息にプチプチっと引っこ抜いた。
「あ痛ッ?! さ、サヤカッチ何すんのよぉ~~!! チョー痛いしぃ! ふ、ふぇぇぇ~~ん」
「あ、あゎゎゎゎ、紗弥加さん、ヒドイですわよぉ~~。い、いくらお腹が減ったからと言って、
美夏ちゃんのたてがみの毛を食べちゃうなんてぇ……可哀想ですわぁ~~」
「ごめんね。別に食べた訳じゃないのよ。この毛を煙幕の代わりに使おうと思って」
「え、煙幕? こ、この毛をですか?」と、私が不思議そうに聞くと、
「最後まで悟られずに、紀元博士まで近づきたかったけれど、正直この状況でそれは難しいわ。
ならいっそのこと、こちらの存在を相手に教えてしまうことで膠着を崩してしまうのが近道だと思うのよ」
と、言った。
「え、それってどういう……?」
私は紗弥加さんの言葉の意味が理解出来なかった。私達の存在を博士に教えてしまうことがどうして近道になるのだろう……。
だが、そんな私の戸惑いはお構いなしに、
美夏の毛を地面に置いた紗弥加さんが、何やらぶつぶつと呟き始めた。
「神聖なる大地の精よ。古より続く血の盟約を結びし系譜のその末裔たる我が名において、
広大無辺なる地に及びし偉大なる意思の一砂を、我に使役たらしめたまえ」
紗弥加さんが言葉を言い終えると、地面に置かれた美夏の毛が携帯のバイブレーションのようにブルブルと震え始め、
そこから陽炎のように空気が揺らいで少しづつ何かの形を成し始めた。
「え……?!」
「ま、マジぃ~~?」
「あらあらぁ~、可愛いですわねぇ~~」
空気の揺らぎが収まると同時に、そこに現れた物を見て、一同は驚きの声を上げた。
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