第32話

 ――皆をその場に残し、榊山さんと僕は、周りに見つからないように気を配りつつ、これからの手順を打ち合わせながら、地熱発電所へと近づいて行った。


「研究所と比べて、地熱発電所の警備は手薄です。裏口から入れば、さほど苦労はないかと思います。

扉には鍵が掛けられておりますが、私は猿ですから、壁を登って窓を割って内部へ侵入し、内側から扉を開けることが出来るかと思います……」


「あ、それなら僕に任せて下さい。鍵を開けるのは得意なんですよ。窓を割ったら、音で気付かれてしまうかもしれませんからね」

と、榊山さんの提案を聞いた僕は、落ちている小枝を咥えながら答えた。


「――ここです」

辿り着いた地熱発電所には、大きな煙突が二つ建っていて、そこから大量の蒸気がモクモクと上がっている。


「地熱発電は地球温暖化の原因となる温室効果ガスの発生も少なく、燃料を必要としない為資源の枯渇等の心配がありません。

特に、火山国とも言える日本に住む我々にとってみれば、常に安定したエネルギー量を得ることが出来る大変有用な発電方法だと言えます」

と、榊山さんが説明する。


「知らなかった。……でも、考えてみたら地球の資源は無限にある訳ではないんですもんね。

自然環境は一度破壊されたら元に戻すことは難しい訳だし……。やり方に問題はあるけれど、あの紀元

博士は、それをなんとかしようとしているんだな……」


「ええ。紀元博士は元々あまり人間がお好きではなく、我々研究員ですらどこか近づき難い雰囲気をお持ちの方です。

ですが、これまで地球環境を元に戻す方法を、そして自然と人間が共生する為の研究を長年されてこられました。

博士が決定的に変わってしまわれたのは、研究所の近くに隕石が落ち、それを手にされてからなのです」


「それが”空の意思の欠片”ということですか……」


「――皆様はあの隕石を、そう呼んでおられるのですね」


「いや、それは紗弥加さんが……ええと、僕らの後をつけていた榊山さんに最初に声をかけた、白いポメラニアンの女性が言っていた事ですが、

その紗弥加さんは、欠片には森羅万象の力が宿っていて、それが数百年、もしくは数千年単位で何らかの形を伴って現れると言っていました。

でも、それを持つ人間の精神は完全ではないから、そこから現れる力も万能ではなく限定されてしまうと……」


 それを聞いた榊山さんは、大きく頷いた。

「なるほど……それで納得出来ました。確かに万能であったなら、わざわざ小分けにして人間と動物の精神を入れ替えたり、

その都度人間の精神を操作して事件を忘れさせたり、様々な手間を掛ける必要ありませんからね。

また私のように、初期の段階で動物にされた者には精神操作が完全には及んでいないようですし。

恐らく石を持つ者の精神の傾向に見合う形で、事象が顕在化されるという事なのでしょうね」


「僕には難しい事は分かりません。でも、それが不幸中の幸いなんだと思います。そのおかげでこちらにも付け入る隙がある訳ですからね……。

あ、榊山さん。ちょっと、すみませんが、肩を貸してもらってもいいですか?」


 僕は榊山さんに肩車をしてもらい、拾った小枝を使って、地熱発電所の裏口の扉に掛かっていた南京錠の鍵を開けた。


 中へ入ると、配管に囲まれた四角い機器が沢山並んでいる。

 その奥に、金属で出来た大きな楕円形の物体が見えた。


「これで監視カメラへの電力を遮断するのでしょうか?」

と、僕が聞くと、


「いえ、これは蒸気タービンです。これを使い地下の熱水や蒸気を地上へ出して、その蒸気の圧力を利用することで電気を作っています。

例えるなら、火力発電におけるボイラーの役目を自然が果たしてくれている訳でして。

監視カメラへ電力を供給する際の操作系の機器は、これの向こうにあります」


 そう言われてさらに奥へ進むと、様々なボタンとモニターの付いている機器が現れた。


 それを榊山さんは、素早く操作し始める。

「これで監視カメラへの、電力の供給が止まりました。気付かれる前に、ここを出ましょう」


 僕達は、皆の待っている場所へ急いで戻り始めた。


「――来た!」

と、私は思わず声を上げた。

 発電所の方から、明生くんと榊山さんが駆けてくる。


「お待たせ、由香里ちゃん!」


「明生くん、良かった! 大丈夫?!」


「うん! 監視カメラの電源は落としてきたよ! だけど、気付かれるのは時間の問題だから急がないと!」


「お疲れ様。後は私達に任せて、貴方達は麻薬探知犬訓練センターへ急いで」

と、紗弥加さんが告げる。


「アッキーとサカキー、ガンバッテねぇー」

「お二人に負けないように、わたくし達も頑張りますわよぉ~」

各々が、二人への労いの言葉と共に自らの決意を固める。


「明生くん……気をつけて!!」

「由香里ちゃんもね。拘束されてる人達を開放したら、僕も必ず行くから!!」

その言葉が合図になったかのように私達は二手に別れて、お互いに反対方向へと駈け出して行った。


「――暗証番号は、これね……」

研究所の入り口まで来ると、私の肩に乗った紗弥加さんが、榊山さんから教えてもらった暗証番号を入力する。

 すると、ピッという電子音と同時にドアロックが外れ、横へスライドするように扉が開いた。


 だが、すぐに入ることはせずに、用心深く室内を覗く。

 幸いにして、入口付近に人影は見当たらなかった。


「行くわよ」

紗弥加さんを筆頭に、私と美夏、そして美咲さんが後へと続き、走りだした。

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